どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
ぼんやりと、考えてみる。
俺はただ、いつも通りにこの場所で杏を待っていただけで。それも定刻の15分前から。
どうでもいいことだが、「女が男を待たせるのは当たり前。逆は死刑」というどなた様かの有難い言葉を忠実に守る俺は、とても健気で偉いと思う。もっと褒められて然るべきだと思う。軽いキス一つで誤魔化される俺も俺だろうが、もっと何かあっても許されると思う。ほら、もっと色々すごいこととかさ。
……話が逸れた。
そう。俺は杏を待っていたんだ。待っていたのです。
が、いつの間にか。
「わわ、朋也くん、筋肉すごいです」
左腕。
遠慮がちに両手でぺたぺたと触ってくるのは、最終兵器彼女様が妹、藤林椋。
御方(誰とは言いません。ええ、言えませんとも)には絶対的に不足気味な慎ましやか成分配合。
正直ね、すげぇ可愛いっすよ。
両手でワタクシの腕を抱き込むようになさっておられるので、柔らかくて、何と言いますか……その、察してください。僕だって若いんです。
そして、右腕には。
「うんうん。見た目よりもずいぶんと筋肉質なんだね、朋也クン。ボクなんか軽くだっこされちゃいそうだよ」
まるで女の子みたいな顔でまるで女の子みたいなことをのたまう、ぱっと見、こちらも可愛い女の子。
いや、男なんだけどさ、こいつ。
触れてくる指は細くてすべすべしてて、ああ、春原のアホが誤解するのも分かる。分かってしまう。
分かりたくなんかないんだけどさ、実際。マジで。ちくしょう。
で。
そんな今の状況を一言で表現するのなら。
「両手に花、ってことになるのか、やっぱり」
軽くため息。
あまり考えたくないが、多分、いや、絶対そう見えるのだろう。
ああ、欝だ。欝だ。何が欝かって、そろそろいらっしゃるだろう彼女さ……
「あ、あ、あんたたち、な、何やってんのよっっ!」
……いらっしゃいましたよ。
そしてまるでそれが出会い頭の挨拶であるが如く、辞書が飛んできましたよ。
あー、両腕固められてるし、死んだね、これは。
こんな時まで冷静な自分が、好きなようで好きじゃないです。こんな日常慣れたくありません。
恋と愛の狭間に、晴れた日の翼を願う
思った通り、そしてお約束通り、彼女様のご到着です。
今の「お約束」って、意味がかかってて我ながら上手いこと言ったと思うのですがその辺りどうでしょう?
さて、その彼女様、朝から非常に元気の良いことで彼氏として非常に嬉しくはありますが、細やかさと言いますか上品さと言いますか幽玄さと言いますか、その辺りにも幾分、いえ、ほんの少しだけでも気をやっていただけるとわたくしめ大変幸せでございます。
口には出さないけど。出せないけど。絶対。
「椋っ! ちょっとあんた何やってんのっ!」
「え? ただ朋也くんの腕を触ってるだけだよ? お姉ちゃんの方こそどうかしたの?」
「い、いいからとっとと離しなさいっ!」
「もう少しだけ、ね? ほら、別にやましい気持ちがあるわけじゃないし……」
「離れろったら離れろってのっ!」
お姉さんいっぱいいっぱいです。
見てるだけしかできない、か弱き子羊めをお許しください。
「杏さん、独り占めは良くないよ」
「女男、あんたは黙ってなさい。てかあんたこそ真っ先に離れろっ!」
「お姉ちゃん、ちょっと声大きいよ。みんな見てる」
「誰のせいよ誰のっ!!」
ああ、椋、あなたえらく強くなりましたね。その強さが羨ましいと同時に今は少し、いえ、かなり恨めしい。
お願いです。これ以上、彼女を興奮させないでください。
「ちょ、ちょっと、あんたらいい加減にっ! 朋也、あんたも少しは振りほどくなり何なりしなさいっ!」
うがぁっとその矛先をこちらの方に向ける大魔神杏。
ですが、申し訳ない。できるものならとっくにやっちょります。恨むのなら生まれつき備わっているという男の性(さが)とやらを恨んでください。
あ、どうでもいいことですが、椋さんって、意外と着やせするタイプなんですね。いえ、どうでもいいことですが。ううん、本当はよくないけど。
「お、女男……そりゃあボクはちょっと女顔かもしれないけどさ……」
お前はもういいからホント早くどけな。これ以上ややこしくしないでくれ。
だいたいお前、その沈んだ顔ってすげぇそそられげふんげふん、ホント早くどいてください。頼むから。マジでお願いします。
「だから朋也も顔を赤くするなぁっ!!」
ごめん、それ無理。だって男の子なんだもん。
いやね、実際よ、美少女二人(少なくとも見た目は)を両手に下げて平気でいられるのって逆にどうかと思うのですが。思うのですが、そんなこと思ってみるだけ無駄でした。ごめんなさい。
「お姉ちゃん……こわい……」
「杏さん……こわい……」
二人、打ち合わせでもしていたかのようにぴったりシンクロ。震える仕種、表情まで揃えて。
破壊力は単純計算で二倍。ボーナスポイントを考慮すれば、むしろ二乗のメガトンパワー。何のどんなボーナスですか。
てかおまーらよ、絶対それ狙ってるだろ。
「……朋也くん」
「……朋也クン」
二組の瞳が俺に助けてと訴えかけてくる。
椋はもちろん勝平も俺より身長が低い上に、俺の腕に絡み付いているわけで、まぁ必然的に上目遣いになるわな、そりゃ。嫌でもそうなっちゃうんだもの。仕方ねぇさ。
うん、もういいや。あらかじめ効果を知った上でそれを狙ってたとしても。可愛けりゃだいたいのことは通ります。この現実という名の戦場では。
……だけどな、おまーら。ごめんよ。
俺ってば、所詮下っ端の歩兵だから。最終兵器彼女様には勝てねーのな、どうやっても。誰が決めたのか知らないけど、正確には知らないことにしておくんだけど、元からそういう仕様なんだもの。
だからほら、俺なんぞに助けを求めてる暇があったら。
――逃げろ
――走って逃げろ
――誰よりも速く(少なくとも誰かの投げる辞書が追いつかないぐらい速く)
――何よりも遠くへ(少なくとも誰かの投げる辞書の届く範囲より遠く)
そろそろ、「来る」ぞ。
「……あ、ん、た、らあああぁぁぁーーーーーーっっ」
木々がざわめき、小鳥たちは我先にと空へ向かう。
心なし雲は速く流れ、ここ上空に集まっているようにも見える。
異変を察したのか、ところかしこから様々な動物たちの鳴き声も聞こえてきた。でもメーってのは何かおかしいと思った。誰だ、羊か山羊かなんかその辺飼ってる奴。
そんな現実逃避気味の思考に、さらに深く走ろうとしたその時。
カッ
あの、すんません。
わたくしの目の錯覚でなければ、今何かピカっと光ったんですが。
ゴロゴロゴロ
しばらく遅れて耳を塞ぎたくなるような大音量。
いやいや嘘だろ。いくら杏でも雷様を操ることなんて
「……感電死したくなければ今すぐそいつから離れなさい?」
できたらしいです。
やっぱりアレか。さすがの雷様も長いものには巻かれてしまうのか。そうなのか。どんだけ長いんですか、うちの杏さんってば。
「ふふ、無駄だよ、お姉ちゃん。私、雷避けの護符を持ってるの」
「ふふ、無駄だよ、杏さん。ボク、属性が電気だから効かないんだ」
何の話ですか。お願い、ぼくを置いていかないでください。
「ふぅん……じゃあ、試して、みる?」
勘弁してください。
ぼくってば極めて一般的なピープルなんですよ。雷なんて当たったら間違いなく焦げます。焼けます。これがホントの焼肉だぜっ、だなんてそこまで身体をはった芸やりたくありません。
てか何だこの展開。いくら何でも有りえないだろ、なぁ。誰かそうだと言ってくれよ。
バチバチバチ
杏さんの周囲を何かすんげぇビリビリしそうなもんが飛び交っております。アレか。スーパーサイ○人ってやつか。しかも2の状態。セ○も余裕で倒すのか。
いや、あの、ホント許してください。基本俺、ツッコミの人だからさ、多分某ヘタレみたいに不死身じゃないのよ。
「杏、止めろっ!」
自分、かなり真剣です。もう、彼女が雨の中飛び出したのを追っかけた時ぐらい真剣です。
そりゃ命かかってますから。文字通り。
「うふふ、覚悟しなさい、うふふ」
駄目だ、届いてねぇ。
てか、うふふって何だ、うふふって。
「おい、杏っ」
「うふふ、うふふふふ」
「無駄です、朋也くん。お姉ちゃんは今怒りで周りが見えていません」
誰のせいですか。
「大丈夫。朋也クンはボクと椋さんが守るから」
その言葉は嬉しい。嬉しいけどね、そもそもこれはおまーらが引き起こしたのであって、俺ってば被害者なんですよ。ただぼーっと突っ立ってただけですから。
誰か、誰かこの中に弁護士あるいは裁判官はいませんか。
「うふふ、いくわよ。うふ。うふふふ」
「ちょ、おま、マジでやめ」
ズドーン
最後に見えたのは、風に踊る女性二人のスカートの中身だった。
――我が人生に、あんまり悔い無し。
誰かの声が聞こえた。
ぼんやりとした意識。心地良い。温かい何かに支えられているような、抱きしめられているような。
だからだろう。俺はまだ目を開ける気にはならなかった。もう少しの間、この心地良い場所で揺らいでいたかった。
「……ねぇ、お姉ちゃん。恋と愛の違いって、何だと思う?」
「さぁ。考えたこともなかったわ、そんなこと。ただ、そうね、恋の方が、強い想いのような気がするわ」
「強い、か」
よく似た、二つの声。
ああ、この声には聞き覚えがある。似てはいてもしっかりと聞き分けられたのは、恐らくそれが理由だろう。
「あのね、お姉ちゃん。恋って、愛よりも刹那的な感情なんじゃないかなって、私、そう思うの」
「刹那的?」
そう、そうだ。これは、杏と椋、二人の声。
双子だけあって、やはりよく似ている。目を瞑っていると、普段は意識しないそのことがよく分かった。
恋と愛。どうやら難しい話をしているらしい。
「うん。でも、だから恋の方が劣ってるなんてことじゃないの。刹那的な分、お姉ちゃんの言うように、恋の方が爆発力みたいなものを持ってると思う。お姉ちゃん、私、思うんだけどね、恋と愛って、似たようだけど実は全然別のもので。もちろん、一人の人に恋と愛と両方を向けることもあるだろうし、どちらか一方のこともあるだろうし、とにかく、そういうものじゃないかなって」
「ええ……そう。そうね。言われてみれば、何となく分かる気がするわ。何となく、だけど。でも、やっぱり明確な線引きはできないんじゃない?」
何をもって恋とし、何をもって愛とするのか。
杏の言う通り、二つの間に、そう大した隔たりは無いように思えた。
「ううん、私はね、そうは思わないよ。やっぱり、別物なんだよ。多分、恋って、胸が高鳴るもので、愛は、逆に安らぐもの。簡単なことなの。抱きしめて、ドキドキするのが恋だし、反対に、優しい気持ちになれればそれは愛。矛盾するみたいだけど、同時に両方を感じることもできると思うんだ」
そんなに単純なことなのだろうか。疑問に思うものの、どこか、納得する自分がいた。
今俺が感じている、この心地良い温もり。それこそが愛だと言われれば、今ならば自然と受け止められそうだ。
「つまりね、私は、恋も愛も、どっちも大事で、どっちも大切にしたいと思うの。だから、お姉ちゃん」
「うん」
一拍、間を置いて。
「朋也くん、貸して?」
「待てこら」 「待ちなさい、あんた」
もうわたし一気に目が覚めましたよ。
どうやら自分、気を失っていたようです。
で、杏に膝枕をしてもらっていた、と。道理で気持ちがよかったはずですね。
記憶を辿る。
最後に見たのはものすごい勢いで飛んでくる辞書。そりゃ気絶もするわ。
それにですよ、ぼく、何かとてもとても恐ろしい夢を見ていた気がします。魔法使いみたいなのが三人もいて、それが一対二で戦っていたような。自分を取り合って。どんな夢だこら。
「あ、朋也、起きたんだ」
「ああ、今意識がはっきりした。椋が変なことを言ったから」
そう。問題は椋なんだ。
貸すって何だ、貸すって。いつから自分、貸借銘柄になってましたか。
抗議したいものの、このままの体勢ではいくら言っても重みがないだろう。そう判断して、杏の太ももから上体を起こす。今までずっとそうされていたのだから、もう未練はない。
ごめんなさい、嘘つきました。めっちゃ未練あります。ずっと優しく膝枕されてたいです。
「そう、そうよ。椋、あんた、どういうつもり?」
妙なこと言ったらただじゃ置かない。そんな目で睨みつける杏。
今は味方だと分かっていても、その眼光は恐ろしい。でも、頼もしい。
「お姉ちゃんから朋也くんを奪おうとか、そういうつもりは無いの。ちょっとしか。あのね、最近、私、恋してないんだ」
ちょっとはあるですか。そですか。
「奴がいるでしょうが。それとも何、うまくいってないわけ?」
「ううん、そんなことないよ。でも、勝平さんに対しては、もう、恋って感じはしないの。一緒にいれば落ち着くし、ずっとずっとそばにいて欲しい。多分ね、恋が、愛に変わってるんだと思う。別にこれって悪いことでも何でもなくて、付き合いが長くなればなるほど、自然に起こることだと思うんだけど、お姉ちゃんたちは、違う?」
恋が愛に変わる。
言われてみれば、そんな気がしなくもない。
杏を抱きしめれば、昔と違って、ドキドキするというよりは、むしろ、彼女の温かさに心が落ち着く。そしてきっと、俺たちはお互いにそれを求めている。椋に言わせれば、これは恋ではなく愛の領域なのだろう。
隣を見やると、思った通り杏と目が合った。彼女も同じことを考えていたようだ。
「貸してっていうのはちょっと語弊があるかな。要は、たまには四人で遊ばないかって言いたいの。その間は、カップル二組じゃなくて、あくまで一人かける四ってことで。そうすればきっとね、初めの頃みたいな、ドキドキがあると思うの」
「駄目よ、そんなの。朋也は、あ、あたしのなんだから」
ああ、それ、すごく嬉しい。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「な、何よ」
一人喜びに浸る俺に干渉することをせずに、椋が杏を見つめて、言う。
少しばかり真剣な様子に、杏は少し気後れしているようだ。
「勝平さんって、結構、顔、いいと思わない? ちょっと前のアイドルみたいな」
いきなり何を言い出すんだ、おまーは。わざわざ真面目な顔して。
「それは、まぁ、認めるけど」
「その人が、『杏さん杏さん』って甘えてくるんだよ?」
「う、それは……」
満更でもなさそうな顔を見せる。
杏さん、しっかりしてください。
「何にもないところでこけて、それで軽く苦笑いを浮かべながら『あは、膝擦りむいちゃったよ』とか言ってくるんだよ?」
「うう……」
おーい、杏さーん。
顔がちょっと赤いですよ。勘弁してください。
「それにね、お姉ちゃん」
これ以上何を言うつもりだ、おまーは。
「勝平さんと朋也くんの絡み、見たくない?」
「待てこら」 「あ、あんた何言って」
さすがにそれは見過ごせない。見過ごせるはずがない。
絡みって何だ。酔っ払いあるいはタコか、わたしゃ。
「ふふ、私、知ってるんだよ? お姉ちゃんのベッドの下にやお」
「わーわーわー」
「あは、大丈夫だよ、お姉ちゃん。女の子はみんなそういうのが好きなんだから」
もちろん私も、と妖美に微笑む椋。
いつの間にか彼女、何だかぼくの知らない人になってしまわれたようです。
自分、誰を恨めば良いのでしょう。そんな文化を作り上げた世間とか社会ですか。規模がおっきすぎて上手に恨める気がしません。
「勝平さんと朋也くんだよ? 一見女の子みたいな勝平さんと、ちょっと不良っぽくてぶっきらぼう気味な朋也くん。ねぇお姉ちゃん、考えてみて。これ以上が、現実に、ある?」
悪魔の誘いもかくやあらん。椋の言葉に真っ赤になってしまわれた杏さん。
一体その頭ではどんな情景が繰り広げられているのでしょう。ちっとも知りたくなんてありませんが。
お決まりの、右手を口元にやったポーズで、ああ、だの、そうそう、だの、そんな、だの、うふふ、だの、ぶつぶつと一人呟く。顔を赤らめたまま。正直、怖い。
しばらく。
脳内会議でどのような議論がなされ、そしてどのような結論が出たのか。杏は立ち上がった。
「さぁ、朋也、行くわよ」
「行くって、どこに」
「アスキラなんかに負けては駄目よ。大丈夫。自信を持ちなさい。あたしたちがついてるわ」
「いや、だからどこに。何をしに」
「二次元なんて目じゃないわ。ここに本当のトキメキがあるの。そう、これが恋なのね。本当、椋の言う通りだった」
「いや、あの、杏さん?」
「大丈夫。安心して。私はそれも含めて、今までの倍、朋也を愛すから。いいえ、むしろ倍率ドン、さらに倍よ」
頼む。頼むから言葉のキャッチボールをしてください。願ってはみても、救われることはない。
誰が言った言葉だったか。今ならそれに強く同情できる。あんた、きっと辛かったんだろうな。
――神は死んだ。
「マジでお前やめてホント頼みま」
最後まで言わさず、いいからいいから、と杏が俺の腕を取った。
その細腕のどこにそんな力があるのだろう。俺はぐいぐいと引っ張られる。強制連行って、こういうことを言うんですよね。
誰が詠った唄だったか。今ならそれに強く同情できる。立場は逆だけれど。
――あーるーはれたーひーるーさがりー
「手取り足取り教えて差し上げますから。あ、お姉ちゃん、そこの部屋です。勝平さんが眠ってるはずですから」
「さすがあたしの妹、準備がいいわね」
「もちろんです」
えへへ、とにやける椋。にへら、と頬を緩ます杏。姉妹です。
「じゃあ、開けるわよ、椋」
「はい、お姉ちゃん」
ぎいっ。
扉の開く音がして、それと同時に、また俺の意識は遠くなった。
――もしもーつばさがーあーったなーらーばー
意識がはっきりして最初にしたことは、状況の確認だった。
あまりにもおかしな夢だった。夢の中でまた夢を見ていた。決して有り得ないことではないだろうが、少なくともそれを体験したのは今回が初めてだった。あるいは普段覚えていないだけなのだろうか。
ふと、思う。今、自分はあれが夢だと断定した。でもそれは本当に確かなことか。あんなことが起こるはずがないなどという曖昧な理由で判断してはいなかったか。
少しの不安を抱えつつ、だからこそ努めて冷静に、左を見る。
誰もいない。
右を見る。
誰もいない。
念のために掛け布団を捲って、中を確認してみる。
誰もいない。
ふぅ、俺は一つため息をついた。
どうやら本当に夢だったようだ。冷静に考えてみれば、やはり、それは起こるはずもないことだった。いくら多少趣味が怪しい藤林姉妹でも、自分たちの恋人をそういった風には扱わないだろう。
むしろ俺は、あんな夢を見た自分の方に恐怖を覚えた。夢が願望の投影だとするならば、一体俺は――
ぎいっ。
夢の最後と同じ、扉の開く音。
俺は敏感に反応する。若干の怯えを含んで。
そのことを自分で情けないとは感じるが、あんな夢を見た後、それは仕方の無いことと割り切った。
「おい、開けるならノックぐら」
「あ、と、朋也クン、起きてたんだね。あの、昨日は、その……」
勝平。
昨日という言葉。
俯く視線と、赤みを帯びた頬。
少しずつ、じりじりと寄って来る。
絶対的な、恐怖。
「もう、勘弁してください」
耐え切れず、三度、意識を手放した。
第三期第七回クラナドSS祭り お題『恋』 出展。
お題からしてシリアスなものが多いだろう。なら自分は壊れてみようか。そしたらこんなんなりました。
実は初の勝平。初めてがこんなのでごめんなさい。
祭りでは三人の方に票をいただきました。多分もらえないだろうなぁと思っていたのでびっくりびっくり。世の中何があるか分かりません。
タイトルは意味なんて無いようで実は深い意味があるようでやっぱり無いんだと思います。後半に出てきた歌と少しだけ関係があるのかもしれません。
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