目が覚めると、猫だった。









 って、えええええええ!?








    扉の前でにゃーを叫ぶ 〜幸せの終わり〜








 藤林杏。高校3年生。家族構成は、父、母、あたしに、双子の妹、それとボタン。好きなものは……とも……って、何考えてんのよあたしはっ。いや、その……事実なんだけど。
 目を瞑って、一通り自分に関する情報を思い浮かべる。何をするにも、まず自分を知ることが大切だ。うん。間違ってない。あたしは、天下無敵の藤林杏様だ。
 落ち着いてきたところで、瞼を開いて再び状況を確認。まず、恐る恐る右手を目の前に持ってくる。
 ……肉球。
 オーケー。あたしは冷静だ。次は左手を目の前に。
 …………肉球。
 オーケーオーケー。まぁ長い人生、生きていれば、たまにそんなこともあるだろう。今度は声の確認だ。
「にゃあ」
 オーケーオーケーオーケー。昨日飲みすぎたせいで(何をとは言わない)、かなり喉が渇いているらしい。うん、そんなのよくあることだ。モンマンタイモウマンタイ。ちなみに漢字で書くと無問題。うんうん、イッツオールライト。このまま起きて、いつもの日曜の通り、朋也に会いにいく。早く用意しなきゃ。
(って、できるかばかーーーーーーー!)
「にゃんにゃにゃにゃーーーーーー!」
 思いっきり叫んでも、やっぱりそれは猫の鳴き声にしか聞こえなくて、何だか泣けた。


 どうしてこんなことになったのか思い出そうにも、昨日の夜の記憶は正直飛んでしまっている。調子にのって空け過ぎたらしい。何をとは言わないけれど。
 事情を知っていそうなのは……あ、椋、あの子ね。一緒に飲んでたはずだし。
 どうにかして、あたしの現状を知ってもらわないといけないし、あたしは下、リビングにおりてみることにした。扉のところまで歩いていって……四本足だったのが、やっぱり泣けた。
 扉の前に立って、いざそれを開けようとして気づく。
「にゃっ、んにゃっ!」
 ……届かない。ノブまで届かない。
「にゃにゃっ、んにっ、んにっ!」
 ……やっぱり届かない。どうして日本の家屋は猫のことをちゃんと考えていないのか、腹が立ってきた。戻ったら絶対文句の電話入れてやろうと決意。
 でも、どうしよう、このままじゃ部屋の外にも出られない。あたし、このまま自分の部屋で野垂れ死になのかな。うわ、絶対嫌。
「にゃんにゃ、にゃんにゃ、にーっ、にーっ」
 誰か気づいて。あたしはここにいる。誰かっ――
「あれ、何か声がしないか?」
 ――朋也っ。間違いない。その声は朋也だ。助けに来てくれたんだっ。
「はい、猫の鳴き声……みたいですけど」
 椋も来てくれた。あたし大好きよ、あなたのこと。
「にー、にー」
「ここ、杏の部屋だよな。声、こっからしないか?」
「はい、どうもお姉ちゃんの部屋から、みたいですね」
 そう、あたしはここ、ここにいるのっ。早く助けてっ。
「じゃあ、開けてみますね?」
 コンコン。扉がノックされる。
「にゃんにゃん」
 コンコン。再びノック。やっぱり猫語じゃ伝わらないらしい。
「あれ、やっぱりまだ寝てるんですかね。お姉ちゃん、開けちゃいますよー?」
 そーっと扉が開けられる。やった。やっと助かったんだ。
「お姉ちゃーん? あれ? ベッドにもいないみたいです」
「にゃっ、にゃっ、んにゃっ」
 違うの。椋、あたしはここよ、お願い気づいてっ。
「おいおい、杏、いないのか?」
 ここ、今目の前にいるのっ。
「はい、いないみたいです。私が起きる前にどこかに行っちゃったんですかね」
「そうとしか考えられないよなぁ」
 だから違うのっ。あんたたちの探してる藤林杏はここにいるのよーっ。
「にっ、んにっ」
「で、この猫はなんだ? この前来た時にはいなかったと思うけど」
「はい、私も今初めて見ました。多分昨日お姉ちゃんが連れてきたんだと思いますけど」
「ボタンだけで十分だろうに、なぁ?」
「まぁ、お姉ちゃんですから」
 え、何それ。あたしだから何なの?
「ああ、杏だしなぁ」
 何で朋也も納得しちゃうわけっ。
「お姉ちゃん、優しいですから」
 ……椋、あんた……ごめんね、疑ってごめんね。あたしは悪いお姉ちゃんでした。
「口は随分悪いけどな。もうちょっと素直になったら可愛いのにな」
「あは、それお姉ちゃんに伝えちゃいますよ?」
「ごめんなさい、それだけは勘弁してください」
「う〜ん、どうしようかなぁ」
「この通り」
「そうですねぇ……じゃあ、ちょっと見たい映画があるんですけど……」
 あれ?
「奢れってか? まぁ、それぐらいなら」
 あれ?あれ?
「本当ですかっ、わわ、じゃあ急いで準備しないと」
 え?どうなってんの、これ。どうしてそういう流れになっちゃってるの?
「そんなに焦らなくてもいいだろ、まだ時間はあるしな」
「そうですね、お姉ちゃんも帰って来ないみたいですし」
 くすっと、椋が嬉しそうに、楽しそうに笑った。うん、この子は笑った顔の方がいい。
 ……でも、どうしてその笑顔をあたしの方に向けるのかな?かな?
「デートの約束をすっぽかした杏が悪いよな、うん。今日一日ぐらいなら椋と一緒にいてもいいだろ」
「はい。私すごく楽しみです」
「じゃ、行くか」
「はいっ」
 椋の手で扉が閉められる。あたしは、その光景を見ながら何もすることができなかった。
「行ってきますね、お姉ちゃん」
 小さな声だったが、あたしは聞き逃さなかった。今、絶対あたしに向かって「お姉ちゃん」って言った。絶対言った。
 椋の顔を見上げる。笑っていた。にやり。まさにその表現がぴったりな笑顔だった。
 ばたん。扉が、完全に閉まりきる。しまった、これじゃ、出られない。
「にゃーーー、にゃーーー、にゃーーー」
 必死で叫ぶ。助けてくださいっ。助けてくださいっ。
 でも、もう声は届かない。二人は、戻ってこない。

 あたしの順風満帆幸せな日々は、こうして、幕を閉じた。




            end







「で、これは何なのかしら?」
 ことみから手渡された原稿用紙の束。それに一通り目をやってから、彼女に尋ねた。こめかみの辺りがぴくぴくするが、これは仕方のないことだと思う。
「劇のシナリオなの。大ヒット名作のパロディーなの。成功間違いなしなの」
 パロディーというかただのパクリね、これは。
「椋ちゃん、すごいです、女スパイみたいです」
 どこから女スパイなんて言葉が出てくるのかしら、このお気楽娘は。
「あの、私、こんなことしないです…………多分」
 言った。今この娘、多分って言った。
「ことみ、あんた、男優は自分の彼氏でしょ、あんたがこの猫になるヒロインやりなさいよ」
「劇の中に私情をはさむのはダメ。ここは涙ながらに、ヒロインは杏ちゃんに譲るの」
「じゃあ渚でいいじゃない。この子、部長でしょ」
「いえ、わたしは監督をやらせていただくことになりました。その、多分わたしが一番劇のことには詳しいと思うので」
 てことは何?これやるの既に決定事項?
「だから杏ちゃん、お願い。みんなで一緒にがんばるの」
「お姉ちゃん」
「杏ちゃん」
 みんながあたしを見つめる。絶対にこの劇をみんなで成功させようという意志が見て取れる。
 参った。そんな顔されたら、いくらあたしでも
「って、できるかばかーーーーっ!」


  終










 第三期第二回クラナドSS祭り お題『幸福』 出展。
 ついかっとなってやりました。反省はあまりしていません。
 昼飯にラーメンを食べながらふと思いました。
「杏さんににゃんにゃん言わせてぇ」
 そんだけです。そんだけなんですごめんなさい。
 二時間弱ですらすらっと書けてしまったこの作品。あれ?僕の得意分野は確か切な系のはずなのに……
 よしおさんとこでかなりの評価をいただいちゃいましたっ。めっさ感激ですっ。
 しかしギャグをやるとつい椋を黒くしてしまうのは何故だろう……


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