――だんごっ、だんごっ、だんごっ

 携帯の着信音。
 どうしてこの曲なのかは聞かないでほしい。察してくれ。ああ待て、一つ断言しておく。俺は嫌だと言った。
「だんごっ、だんごっ」
「だんごっ、だんごっ……あ、朋也くん、電話です」
「ああ、取ってくれるか?」
「はい……だんごっ、だんごっ」
 着信音に合わせて歌う娘アンド妻。なぁどうよこれ。
 携帯を俺に手渡して引き続き娘と一緒に歌う妻に苦笑しながら、俺は画面に目をやる。
「智代、か。ちょっと珍しいな」
 そこには「坂上智代」の文字。
 通話ボタンを押しながら、あいつの顔を思い出す。……ごっつ美人でした。
「はいよ、どうかしたか、智代」
「岡崎だな、元気だったか?」
 用件がないとかけてこない智代からの電話は久しぶりだった。最後に電話があったのは俺の誕生日の時だっただろうか。
「ああ、相変わらずな」
「渚と汐はどうだ?」
「おかげさまで、元気過ぎるぐらいだ。聞こえるか? 今も二人して歌ってる」
「ふふ、例の歌が聞こえると思ったら、やっぱり二人だったのか」
「ああ。で、智代、今日はどうかしたのか?」
「それがな、実は……」






   思い出を三度刻んで






「お邪魔する」
「ああ、遠慮なくあがってくれ」
「こんばんは、坂上さん」
「こんばんは、渚。元気みたいだな、安心した」
 仕事の都合で近くに来るから一晩お邪魔できないか。先日の智代からの電話に俺は迷うことなく頷いた。
 もちろん、事後にはなったが渚の許可は取った。自分に相談無しに決めてしまったことを渚は少しだけ不満に思っていたようだが、許してほしい。やましい気持ちはないから。多分。
 そして今日がその智代が訪れる日。久しぶりに見る彼女は……やっぱり美人さんでした。わは。
「汐も、こんばんは」
 中腰になって、汐と目線を合わせて。智代のこういったところはすごく好ましい。
「ほら、しおちゃんも挨拶、ね」
「こんばんは、おねーちゃん」
「うん。やっぱり渚によく似て、いい子だな」
 言いながら、汐の頭を優しく撫でる。
 汐も、それに任せて気持ち良さそうにしている。何かいいなぁ、こういうの。
「飯の準備はもうできてるからな。まぁ、その前に……とりあえず一杯、いくか?」
「いいのか?」
「うちは渚が飲めないからな。付き合ってくれると嬉しい」
 正確には飲むとエロ、げふんげふん、えらいことになるから禁止してるんだけど。残念なことに。ほら、今は汐もいるし。とてもとても残念なんだけどさ。くそ。
「それならお言葉に甘えることにしよう」
「はい。坂上さんはビールでよろしかったでしょうか?」
「うん。ありがとう渚。わざわざすまないな」
「いいえ。朋也くん、いつも一人じゃ可哀想ですから。こちらこそ、ありがとうございます。しおちゃん、しおちゃんも今日は特別にジュース。何がいい?」
「オレンジっ」
 渚が缶ビールを二本と、汐用にオレンジジュースを持ってきてくれる。智代への気遣いといい、ああ、俺ええ嫁貰ったなぁ。ホント。
「じゃあ、早速カンパイするか」
「ああ、そうだな。せっかくの美味しい料理を冷ましてしまうのは、作ってくれた渚に悪い」
「よし、なら渚の変わらぬ美貌にカン」
「朋也くん、変なことにカンパイしようとしないでくださいっ」
 赤くなった渚が途中で俺の言葉を止める。今でもまだ初々しい反応に万歳。
「む。なら智代の変わらぬ」
「止めてくれ、岡崎。その、ちょっと恥ずかしい」
 こちらも負けず劣らず赤く染まった顔で、本当に恥ずかしそうに言ってくる。ちくしょう、こいつも可愛いなぁ。
「そうか。こうなったら、最後の手段だ。……日を追う毎にどんどん可愛くなる汐に、カンパイ」
「「「カンパイ」」」
 親バカってゆーな。親バカってゆー奴が親バカなんだい。いやそれはちょっと違うか。






「渚、どうかしたんだろうか」
 汐を寝かしつけてくる。そう言って席を離れ、テーブルからギリギリまで離して敷いた布団に汐を連れて行った渚。その渚がなかなか戻って来ないことに智代は疑問を覚えたようだ。
「ああ、心配することないぞ。いつものことだから」
「いつものこと?」
「実際に見てみるのが早いだろ。ちょっと覗いて来てみろ」
「うん、分かった」
 わざわざ見ずとも、俺には、向こうで何が起こっているのか手に取るように分かっていた。
「ふふ、二人とも、気持ち良さそうに寝ているな。こうしてみると、親子というよりも、年の離れた姉妹みたいだ」
 智代が、渚と汐を見ながら言う。その声はすごく穏やかで、ああこいつ、いい母親になるだろうな、俺は自然とそんなことを考えていた。
「古河家の血筋は、一定以上、年を取らないんだ」
「本当かっ」
「アホ、冗談に決まってるだろ」
 ふと、思う。もしかすると冗談などではなく、本当のことなのかもしれない。おっさんも早苗さんも、まだまだ若い。
「アホはひどいぞ。これでも傷つきやすい、うら若き乙女なんだ」
 戻ってきてテーブルにつくなり、そんなことを口にする。俯いて自分の肩を抱き、いかにも傷ついたような様子がクリティカル。主に俺の胸に。
 こちらを非難しているようで、その声は先ほどと同じく柔らかかったから、もちろんそれは俺をからかっていたのだろうが。

 そんな、お互い気を許したやり取りを交わしながらしばらく飲んでいると、不意に智代が提案した。
「ちょっと、夜風にでも当たらないか」
 正直、少し酔いが回りすぎていたところがあったので、俺は迷わずその言葉に賛同した。





 眠っている二人を起こさないようにゆっくりと玄関を後にする。少しの間とはいえ、時間が時間なので、しっかりと鍵を閉めるのも忘れない。
「普段なら寒いのだろうが、今はすごく気持ちいいな」
「ああ。どうも調子にのって、飲みすぎたらしい」
 どこに向かうでもなく、ぶらぶらと家の周囲を歩く。
 夜中になると、この街は途端静かになる。都会にはないそんな静けさは貴重だが、ここも昼間はある程度の賑わいを見せるだけに、少しもの寂しい感じもする。
「あの家は、すごく温かいな」
「渚のお陰さ」
「そんなことはない。もちろん、渚の力もあるだろうが、岡崎、やっぱりお前があの家の中心だろう」
「そうなのか。正直、俺にはよく分からないな」
 一家の大黒柱だなんてよく言うが、俺もそうなれているのだろうか。
 大黒柱という言葉から最初に浮かんだのはやっぱりオッサンで、そういう意味では、本当に尊敬できる人なんだと思った。
「多分、それでいいんだ」
 何がいいのかは分からなかったが、良い意味なのは間違いないようだった。素直に、嬉しかった。



「なぁ、岡崎」
「何だ」
「本当はな、今日は仕事でこっちに来たんじゃ、ないんだ」
 10分は意味のない会話を続けていただろうか。突然、智代はそんなことを言い出した。
「そうか」
「驚かないのか」
「驚いてるさ」
 正直なところ、仕事だろうがそうではなかろうが、俺にとってはあまり関心のあることではなかった。
 智代が今ここにいて、こうやってゆっくりと二人で話している。それだけで十分だと思った。
「少しだけ、愚痴を聞いてくれるか」
「少しだけな」
 そうやって智代は自身のことを語りだした。
 一流の会社に就職したはいいが、若い女性だということで、なかなか上司に認めてもらえないこと。
 同僚の意地の悪い男に、女はお茶をくんでればいいんだなどと言われていること。
 先輩の女性社員に、少しいじめのようなことを受けていること。
 家族には心配をかけたくないから、今まで誰にもそれを相談できなかったこと。

「そうか」
 話しながら、辛いだろう、俺にはまるで智代が泣いているように聞こえた。
 だが、実際には彼女は決して涙を見せるようなことはせず、まして、俯いたりすることさえなかった。
 ああ、なんて気高い。
「だけどな、今日、久しぶりにお前たちと、朋也と会って、たくさん元気を貰った気がする」
「役に立てたのなら俺も嬉しい。もちろん渚だって喜ぶさ」
「そうか。……本当に、ありがとう」
 言ってから、智代はしばらくの間俯いた。俺はその間、彼女に背を向けて、今にも落ちてきそうな星空を眺めていた。





「なぁ、朋也」
 家への帰りがけ。俺の裾を引っ張って、言いにくそうな智代。
 抱きしめてやりたいぐらいに儚く、可愛かった。頭に渚と汐がちらついて、何とか宙を彷徨う腕を制御することができた。褒めてほしい。
「どうした」
「今から言うことは、私のどうしようもないわがままだ。それは痛いくらいに分かってる。それでも、今の私には、言わずにいられないんだ」
「だから、どうしたんだっての」
 暗い中でもはっきりと分かるぐらいに、顔を赤くして。

「私に思い出を、くれないか?」

 ワンストライク。ツーストライク。アウト。モノが投げればだいじょーぶ。って、おい。
「お、おい、それって、その、どういう」
 動揺を隠し切れなかった。
「許されないことだと分かってる。でも、これから先、続けていくつもりはないんだ。今日だけでいい。私はそれを支えにして、またがんばっていける。だから……」
 脳みそがぐわんぐわん揺れる。今になってまた酔いが回ってきたような、そんな感じ。



「……思い出を、刻んでくれ」



 以下の出来事は都合により省略。簡単に言うなら、マウントふじ大噴火。てへ。







 目が醒めてから急いで智代を起こし、家に帰りついた時には既に手遅れだった。
「朋也くん……」
「ぱぱ……」
 渚は別としても、汐までも悲しそうな、捨てられた子犬のような目をしているのは何故だろう。どこでそんなスキルを習得したのだろう。
 頭の中で、幼稚園の某暴力先生がにやにやと楽しそうに笑っていたので、とりあえず蹴っておいた。30倍ぐらいにして返された。
「違う、誤解だ。誤解なんだ」
「五回も六回もありません」
「ありません」
 渚に続く汐が可愛すぎ。やっぱり俺、親バカなのかなぁ。
「ち、違うぞ、ろ、六回もだなんて。せめて、さんか」
「だあああああ、智代、お前は黙ってろっ」
「朋也くん……」
「ぱぱ……」
 やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。こう、良心がちくちくどころかぐさぐさぐちゃぐちゃと。
 頭の中で、某暴力強欲先生がにやにやにたにたと笑いながら「あーあ、やっちゃった」なんて言ってくれたので、とりあえずボタンを投げて攻撃しておいた。世の中のありとあらゆる辞書でボコボコにされた。
「もうわたしには飽きてしまったんですねーーーーーー」
「ですねーーーーー」
 渚は目にいっぱい涙を溜めて、汐は楽しそうに笑いながら、走って家を出ていった。
 渚さん、いつの間にかすっかり身体はよくなったみたいですね。僕安心しました。
 汐も元気一杯だな。お父さん嬉しいぞ。
「いつまでも渚が好きだーーーーーー」
 二人を追って走り出す俺の気持ちは、やっぱり言葉通りのもので。
 もちろんこれだけで済むわけではないだろうが、これも罰の一つだと思えば大したことはない。
 早く捕まえて、土下座して謝って。しばらく口は聞いてもらえないかもしれないけれど。
「違うんだ渚ーーーー。朋也は悪くないんだーーーー。それにさんか」
「うるせっ、てめぇ黙れ。渚ーーーー愛してるぞーーーーー」
 一人の友人が立ち直ったと思えば、それぐらい、安いもんだよな。きっと。










 第三期第三回クラナドSS祭り お題『思い出』 出展。
 「狂愛歌」を書いた反動でアホなのを書きたくなりました。ごめんなさい。お分かりかとは思いますが、タイトル絡めたギャグのつもりです。
 朋也の暴走に関しては、ギャグものだから許してください、としか。不快に思われた方、ごめんなさいです。
 元々、まだ扱っていなかった智代と渚を書こうということからでした。ジャンルは前述の通りアホなもんで。
 んで、お題である「思い出」の使い方を考えて、後は好き勝手書いたら大変なことに。うへー
 作者としては、楽しみながら好きなように書けたのでそこそこ満足でつ。
 ちょい役、しかも朋也くんの脳内のみの登場とはいえ、なかなかオイシイ杏さん。これぞ、かきくおりちー。愛のなせるわざ。わーい。
 そしてこの汐ちゃん、結構お気に入りだったり。わはー



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