○汐の日記○ 1〜10ページ
ママが中学入学のお祝いとして日記帳を買ってきてくれた。
せっかくなので、今日から日記をつけてみることにする。
「ねえ、ママ、どうして日記帳なの?」
「しおちゃんも、そろそろ好きな人ができる時期です。その時のためにも、今から日記を書く習慣を身に付けておくことが大切なんです」
「どうして?」
「男女のお付き合いは、交換日記から始まるんです」
両方の拳をぐっと握りしめながら、ママは力強くそう言った。
自分の母親ながら、やっぱりちょっと変わってると思う。
ママも昔そうだったのかと聞いてみたけど、どうも違うみたい。
本当はパパと交換日記をしたかったらしいけど、言い出せなかったんだって。
「だからしおちゃんにはわたしの分も頑張って欲しいんです」
ちょっとそれは違うと思うな、ママ。
でも、こうやって書いてると意外と面白いかもしれない。
できるだけがんばって、こまめに書いていこう。
―1―
昔、ママも日記を書いていたらしい。
見せてって言ったら、絶対ダメです、だって。
恥ずかしいことでも書いてたのかな。そう思って、ちょっと振ってみた。
「もしかしてママ、パパのこと、いっぱい書いてた?」
「ど、どうしてしおちゃんがそれを知ってるんですかっ!? も、もしかしてしおちゃん見たんですかっ!? ひどいです。ちゃんとタンスの一番下に隠してたのにっ!!」
当たってたらしい。
「書くことが無くなったら、とりあえずだんごの絵でも書いてたり?」
「うう……やっぱりしおちゃん見たんですねっ!?」
これも当たり。
「でもさ、ページの半分以上がだんごって、ちょっと多過ぎると思うよ」
「そんなことありませんっ! だんご大家族ですっ!!」
う〜ん、全然意味分かんない。
さすがママだなぁ。
でも、そろそろ教えてあげないと可哀想。
「あのさ、ママ」
「何ですか? 人の日記を勝手に見ちゃうような悪いしおちゃんにはおしおきです」
「あのね、さっきまでの、ただの勘だよ?」
「そんなわけありません。だって全部知ってました」
「いや、あれぐらい誰でも予想つくし」
「……本当ですか?」
「うん」
「……本当に本当ですか?」
「うん」
「分かりました。わたしはしおちゃんを信じます」
「ごめんね、ママ、からかっちゃって」
「ちゃんと謝ったから、今回は許してあげます。……見られてなくて、良かったです」
だいたい内容は分かっちゃったんだけどね。
隠し場所も自分からばらしてたし。
多分ママは気づいてないんだろうけど。
だからさ。
「パパ? それ以上近づいたら、ママの代わりにあたしが怒るよ?」
ママの後ろでこっそりとタンスに近づいてるパパには、あたしからけん制しててあげるね。
―2―
中学校に上がったとは言っても、実際には小学校から一緒の人ばかり。
そんな中の一人、愛(まな)は幼稚園の時からの友達。
可愛い名前に似合わず、すごく男勝りな性格。
もしかしたら本当は男の子なのかもしれない。
「愛ってさ、本当に男の子みたいだよね」
言ってみた。
「汐、あんたも人のこと言えないよ」
言い返された。
「そんなことないって」
確かにあたしも、自分が女の子女の子してるとは思わないけど、少なくとも愛ほどじゃないと思う。
「普通の女は、バレンタインデーに女からチョコをたくさん貰わない」
「そ、それはだって、愛だって……」
「わたしは関係ないよ。あんたの話」
「う……」
「普通の女は、スカート穿いてる時に人を蹴ったりしない」
「だから愛だっ」
「わたしは関係ないよ」
「うう……」
「普通の女は、そもそも回し蹴りなんかしない」
「ううう……」
「でも大丈夫。あんた、顔だけは可愛いから。渚さんに感謝しなさいよ」
「うううう……あんまりフォローになってないー……」
凹まされた。
いいもん、帰ったら慰めてもらうから。
パパとママと早苗さんとアッキーは「可愛い」って言ってくれるし。
……ちょっとだけ悲しいかも。
―3―
学校が早く終わったので、久しぶりに幼稚園に顔を出してきた。
愛も誘って一緒に行こうと思ったけど、愛は先生に会うのが恐いって、逃げるように帰ってしまった。
何かしたんだろうか?
……したに決まってるね。
「こんにちは〜」
「汐ちゃん、久しぶりね」
「はい、お久しぶりです」
ちょうどお昼寝の時間なのだろう。
園に入ってすぐに、部屋の窓から外を見る恩師と目があうと、その人は外に出てきてくれた。
藤林杏先生。あたしのちょっと(ホントにちょっとだけ)男勝りな性格の原因は、ほとんどこの人にあるといってしまってもいいと思う。
もちろん、愛がああなってしまったのもこの先生のせ……お陰だ。
「ね、汐ちゃん」
「はい?」
「愛の奴、一緒に来てないの?」
「いえ、一応誘ったんですけど」
「ちっ、逃げたか」
悔しそうに舌打ちをする。
でも杏せんせ、そういう顔はやめた方がいいと思うな。
もし子どもたちが見たら、きっと泣いちゃうからさ。
「愛、何かしたんですか?」
「この前、たまたま町で会った時に、ちょっとね」
聞きたいけど、この先は聞かない。
だって、言いながら杏せんせのオーラがどす黒くなっていってるから。
下手に刺激すればここにいないアイツの代わりにあたしがやられかねない。
「ねえ汐ちゃん、あいつにさ、三日以内にあたしのとこ来るように言っといてくれる?」
「は、はい、分かりましたです」
言葉がおかしくなってしまった。
でもしょうがないと思う。
ほら、あたし、普通の人より杏せんせの恐さを知ってるしさ。
それこそ、愛の次ぐらいに。
「よろしくね」
「イエスマム」
「あら、いい返事」
愛はいつもせんせにしごかれてた気がする。
あの子ってば、思ったことをすぐ口にしちゃうタイプだし。
杏せんせもそんな感じ、むしろ愛をより発展させたタイプだから、もしかしたら同属嫌悪ってやつなのかもしれない。
そんなこと目の前の人に言ったら、間違いなく心に一生残るトラウマをつけられちゃいそうだけど。
二日後。
学校には、痛そうに頬をさする愛の姿がありました。
「この口が、口が」って、思いっきり左右に引っ張られたんだって。
あたしはそんな愛に、自業自得、とだけ言っておいた。
愛が杏せんせに何を言ったのかは、結局聞けなかった。聞こうとすると、ブルブルと震え出すもんだからさ。
それが面白くてしつこく聞いてみたりしたんだけど。
とりあえず、杏せんせに変なことを言っちゃいけないことは確かみたい。
くわばらくわばら。
―4―
中学校にも大分慣れてきた。
勉強もまだ簡単だし、周りには見知った顔ばかりで、小学校とあんまり変わらないし。
う〜ん、もうちょっと何かあると思ってたんだけど。
そんなことを考えてたら、愛が話しかけてきた。
「汐、あんた部活どうする?」
あ、そうだ。
中学校には部活動ってのがあるんだった。
「う〜ん……愛は?」
「もちろん入るつもりよ」
「やっぱりバスケ?」
「当然」
ってことは、やっぱり……
「だからさ、汐、今日一緒に見学に行ってみない?」
小学校の時から、愛とは運動場のリングでよく男の子に混じってバスケをしていた。
いつかの誕生日に、ママからボールを貰って、それ以来ずっと。
やっぱりあたしたち、あんまり女の子らしくはないかなぁ。
ママが言うには、パパは昔バスケをしていたからきっとあたしも上手くなるはずだって。
「じゃあ、行きますか。着替えとか持ってきてないからホントに見学だけだけど」
素直に同意する。
パパのこととは関係無しに、あたしも愛もバスケが好きだから。
バスケ部の練習は想像以上にきつそうで、でも、そこには小学校の時の「遊び」とは違う楽しさがありそう。
練習の雰囲気も良くて、これが部活なんだなぁって。
キャプテン(号令をかけてたから多分そうだと思う)の先輩はすごく上手くて、おまけにすごくいい人だった。
「こんな時期から見学に来るなんて、熱心でいいね」
「は、はい、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございますっ」
声をかけてくれて、愛と二人で変に盛り上がったり。
見学を終えて家に帰りながら、がんばろう、って結構真剣に話し合ったのが、今考えたらちょっと可笑しい。
帰ってから、パパに今日のことを話してみた。
パパは嬉しそうに、そうか、と笑いかけてくれた。
「パパ、今度バスケ教えてね。愛も一緒に」
「おう、任せろ。ビシバシしごいてやるぞ」
「うう、あんまり厳しいのは嫌かなぁ」
「甘い甘い。部活ってのは想像以上に厳しいもんだ」
言いながらパパはホントに嬉しそうで、それだけであたしもすごく嬉しくなった。
肩を壊して以来、一度を除いてバスケはやらなかったらしいけど、やっぱりパパもバスケ好きなんだ。
小学校の時に、もっと一緒にやってれば良かったなぁって、ちょっと後悔。
自分では絶対に認めないけど、誰よりも寂しがり屋のパパのことだから、ホントはずっと一緒にやりたかったのかも。
ごめんね、パパ。今度一緒に、バスケしようね。
―5―
今日はあっきーと早苗さんのところにお泊まり。
月に一、二度はこうやって泊まりに来る。幼稚園の頃からずっとそうだった。
二人ともまだまだ若くて、誰も彼らをおじいちゃん、おばあちゃんだとは思わないだろう。あたしと並んだら、絶対親子に見られると思う。
周りの友達も、最初、この人たちが祖父母だと信じようとしなかった。
分からせるためにどれだけあたしが苦労したのか、あっきー、分かってる?
いや、分かってないよね。だって、そうやって友達に説明してる時に限って、「可愛い娘よっ!!」とか言って現れるんだから。
あれ絶対狙ってたよね。「おじいちゃん」だと思われたくないからって。
「ホント、あっきーも早苗さんも若いよね」
夕食をみんなで囲んでいる最中、あたしは思ったことを口にしてみた。
ちなみに今日の品目はキムチ鍋だ。これ、結構好きなんだよね。暑いけど。
「そうですか? ありがとうございます」
「当たり前だっ! 何せ早苗は人魚だからなっ!!」
「お母さん、人魚だったんですかっ!? この年になって初めて知りました……」
「いや、そこはつっこめよ」
「うん。ママ、つっこむところだよ」
あたしが生まれてない時、パパ、すごく大変だったんだろうなって思った。
だって、ボケ3対ツッコミ1の不均衡。
1対1であっきーの相手するだけでも至難の業なのに、そこに天然気味の早苗さんとママの天然親子コンビが入ってくるんだから。うわ、ホントに大変。
「ね、パパ?」
「ん、どうかしたか?」
「……いつも、お疲れ様」
「……ありがとう。分かってくれるのはお前だけだ」
缶ビールをぐっと飲み干して、パパが言う。ホント大変なんだね。
小さい頃からこんな中で暮らしてたんだから、あたしがツッコミ属性になったのもしょうがないと思う。
多分に杏せんせの影響もあったはずだけど。
「朋也くんと汐ちゃんの仲がいいです。ずるいです」
「そうだっ! 小僧、てめえ俺の汐を返しやがれっ!!」
ママの言葉にあっきーが続く。
何がずるいのだろうか。いつからあたしはあっきーのものになったのだろうか。
あたしの疑問は尽きません。
「なあオッサン、あんたもしかして渚に飲ませなかったか?」
見事なスルー。
さすがパパ。年季が違うね。
「そらお前、可愛い娘と一緒に飲む酒の旨さときたら、くぁーーー、いいねぇ」
「おいおい、飲ませるなっていつも言ってるだろ?」
「んなの知ったこっちゃねえ」
「だいたい朋也くんはいつもしおちゃんしおちゃんしおちゃんで、もう少し私にも構ってくれていいと思います」
「とりあえず渚、お前はもうそれ以上飲むなよ。早苗さん、オッサンがこれ以上飲ませないように見張っててもらえますか?」
「はい。ごめんなさいね。秋生さんのことは任せてください」
「すいません」
つくづく思う。
パパって、ホント大変。
「パパ?」
「ん?」
「……お疲れ様」
「……ありがとう。お前だけが俺の支えだ」
目頭を押さえるパパ。もちろんフリだけだろうが、心情的には正にそんな感じなのだろう。
横からまた「ずるいです」なんて声が聞こえるけど、もう放っておいてもいいかな。やっぱりダメ?
―6―
昨日はあっきーたちのせいで眠れなくて、目が覚めた時にお日様は既に高く昇っていた。
晴れた日曜日の昼間、それも割と早い時間帯って、何かうきうきする。
まぁそうは言っても、やることなんてだいたい決まってるんだけど。
「汐っ!! 野球やるぞ野球!!」
ほらね。
昨日はずいぶん遅くまでパパと飲んでたみたいだけど、それもどこ吹く風、今日も元気全開だ。
とても(ぴー)歳とは思えない。
ちなみにパパはまだ寝てた。
普段からきつい仕事してるんだし、休みの日ぐらい、好きなだけ寝ててもらいたい。
「分かったからそんなに大きな声出さないで。パパ起きちゃう」
「小僧も起こしちまおうぜっ」
「ダメ。パパ疲れてるんだから」
「けっ、ヤロウ愛されてるな、ちくしょうめっ」
随分と遅い朝ご飯を食べてから、近くの公園に行くことに。
しきりに早苗パンを食べるよう薦めるあっきーは、やっぱりいつもの通りだった。
あたしはバスケと同じぐらいに野球が得意で、それは絶対あっきーの影響。ソフトボールじゃなくて野球ってところが、普通の女の子と違うなぁって自分でも思う。
軽くキャッチボールをして肩を慣らしてから、それぞれ位置に着く。
まずはあっきーがピッチャーで、あたしがバッター。
「行くぞ、160キロストレート」
メジャーに行け。
そう思うんだけど、この人ならホントに通用してしまいそうな気がしないでもないんだよね。
日曜の公園では、もちろん元気な子どもたち(多分小学校の3、4年辺りかな)がたくさん遊んでるんだけど、あたしたちが勝負するってことになると、いつもそろって観戦モードに入っちゃったりする。
みんな一度はあっきーと一緒に野球をしたことがあるみたい。
あたしももう名前とか覚えられてて、声援も送られる。
くすぐったいような感じだけど、悪い気はしないね。
「食らえっ!!」
大きなモーションから、ボールが放たれた。
唸るような直球が、容赦なく内角をついてくる。
160は言いすぎにしても、かなりのスピードが出てると思う。
あっきーは女のあたしが相手だからって手加減なんかしない。
さすがに初めてやった時はびびって腰を抜かしちゃったけど、今ではもう慣れた。
もちろん、だから打てるって、そういう意味じゃないけど。
「っ!!」
肘をたたんで、そのボールに反応する。
腰で打つ、教えてくれたあっきーの言う通りに、そういうイメージ。
――キン
ボールの下部をバットが叩いて、ボールは後方に流れていった。
タイミングは悪くない。思ったよりボールが伸びたみたい。
「やるな。さすが汐だ、俺の球に反応するとは」
「あっきーとパパの直伝よ」
「そうだったな。ふっ、相手にとって不足はねえっ!!」
子どもたちは、少し離れたところから固唾をのんで見守っている。
自分で言うのも何だけど、結構レベルの高い勝負だと思う。
この前中学校の野球部をちらっと覘いたけど、正直、割と楽に打てそうな気がした。
「行くぞ。幻の分裂魔球」
雑技団に行け。
そう思いながら、あたしはバットを強く握り直した。
さあ、勝負――
「すいませんでした。ほら、あっきーも謝るの!!」
「けっ、あー、その、汐が悪いことしたなっ」
「あっきーが打ったんでしょ!! 予告通りにっ!!」
「汐、てめっ!!」
――結局こうなりました。
あたしの打席はあえなく三球三振。あっきーの必殺140キロフォークに見事空振り。
ホントに落ちるんだもん。普通打てないって。
役を交代して、今度はピッチャーとしてあっきーと対峙。
初球は虚をついてスローボール。思惑通り、あっきーは大きく空振り。
でも。
知らず油断していたのか、次のボールは甘く入ってしまった。
あっきーがそんなボールを見逃すはずもなく、完璧に捉えられてしまい。
――パリン
嫌がるあっきーを無理矢理引き連れて、こうやって謝りに来た次第であります。
ここの近所の人はあたしたちのこともよく知ってるし、素直に頭を下げたらすぐに許してくれた。
……まぁ、その人にとってもこれが初めてのことじゃなかったみたい。
言い訳を続けるあっきーを尻目に、苦笑しながら、あたしに小声で「大変だね」と言ってくれた。
あっきーに聞こえないように、慣れてますから、と苦笑を返す。
いい人だなぁ。心からそう思いました。
もちろん、ガラス代は弁償します。あっきーが。早苗さんから貰ってるお小遣いから。
―7―
昨日は書きたいことがたくさんあって書き切れなかったから、今日はその続きを書く。
学校では特に変わったことなかったしね。いつも通り愛にいぢめられたぐらい。
……うう、それが「いつも通り」ってのは、すごく悲しい気がする。
謝罪を終えてから古河家に戻ると、さすがにパパはもう起きてて、居間でテレビをつけてぼーっとしてた。
ママは、早苗さんと買い物にいったらしい。テーブルに置き手紙があった。
居間にいるパパを見つけるなり、あっきーが、
「汐との勝負は俺の完全勝利。これで汐は俺のもんだぜっ!!」
何てことを言い出した。
それまでぼーっとしてたパパもそれを聞いて、
「何だとっ!! 汐、本当かっ!?」
って激しく反応しちゃって。
いや、負けたのはホントだけどさ。
分かるでしょ? その後のが嘘だってことぐらいさ。
「本当だぜっ!!」
「ちくしょう! ……オッサン、今度は俺と勝負だっ!!」
「ふん、いいだろう。その度胸、買ってやる」
「汐は渡さねぇ!!」
最近、パパがどんどんあっきーに似てきてると思う。
それがいいことなのか悪いことなのかは分からないけど、もしホントにパパがあっきーになっちゃったら……
うわ、こわっ。ツッコミあたしだけじゃん!!
杏せんせがいつか言ってた、「幻の全方位同時ツッコミ」、教わりに行くべきだろうか。
「小僧、公園に行くぞ。決着をつけてやる」
「望むところだ」
そう言って、二人は家を飛び出していった。元気だなぁ。
さて、残ったあたしはどうしようか。
とりあえずお昼がまだだったことを思い出して、台所に用意してあったチャーハンをレンジであっためて食べる。随分と遅い昼食になっちゃったけど。
うちでは、チャーハンっていったらパパの作ったものなんだけど、パパのには入っていない具もあったりして、ちょっと新鮮な感じ。
やっぱり早苗さんが作ったのかな。美味しくいただきました。
……正直パパのよりも美味しかったって言ったら、パパ、拗ねるだろうな。
食べ終わってから、使った食器を洗う。うちでの食器洗いは基本的にあたしの仕事だから、その作業も手なれたもの。
さてこれからどうしようか。そう思いながら、とりあえず居間でごろごろと。
外から入ってくる日差しは強過ぎもせず弱過ぎもせず、日向の部分にいると、ぽかぽかとしていてすごく気持ちいい。
だから、気づいた時には夕方だったりしてもしょうがないと思う。
ほら、あっきーとの勝負で疲れてたし、ご飯を食べた後って自然と眠くなるものだし。
うん。しょうがないよね。しょうがない。
頭の中で、愛の奴が牛牛うるさかったから、とりあえず、硬球をホームランできるDX早苗パンで殴っておいた。
ちなみに、夕食は狙ったかのように牛丼でした。なんだかなぁ。
―8―
学校を終えて帰る途中、何の気なしに見上げた空が、青くて、すっごく綺麗で。
何だかすごく気分が良くなったあたしは、お気に入りのあの場所に行きたくなった。
駅前からずらっと連なる建物。最近は大きなものも増えてきた中、その端の方。
シンプルな看板と、周囲に比べてあまりにも飾り気の無い外の作り。あえてその存在を隠すように、ひっそりと佇むその店。
喫茶『雪音(ゆきのおと)』
決して目立つ店ではないけれど、すごく温かい雰囲気のその店は、あたしのお気に入りの場所。どれぐらいお気に入りかって、月のお小遣いが、ほとんどこの店で消えちゃうぐらい。働いてる人たちももみんな楽しくていい人で、ここに来るとつい時間が経つのを忘れるんだ。
――カランコロン
ドアを押して開けると、今時ちょっとレトロな感じのするその音があたしを歓迎してくれる。
店の中は暗過ぎず、だからと言ってそんなに明るいわけでもない。
それでもこの店に来ると明るい印象を持つのは、やっぱりここで働いてる人たちのお陰だろう。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませっ!」
「らっしゃいっ、です」
上から、店長の有紀寧さんに、ウエイトレスの芽衣さん、風子さん。
店長の有紀寧さんは、この店の雰囲気をそのまま表すような、すごく優しくて暖かい人。この人のそばにいるだけで、自分もすごく穏やかな気持ちになれる。ちなみに店名は、もちろん彼女の名前が由来。
芽衣さんは、三人の中で一番若くて元気いっぱいな人。でもそれなのに一番しっかりしてて、実質この店を切り盛りしてるのは彼女だと、いつか有紀寧さんが自慢げにそう話してくれたのを覚えている。
そして、風子さん。多分テレビか何かに影響されたのだろう、明らかに場違いなセリフで迎えてくれた。この中で彼女が一番の年長者だと聞いても、誰も納得できないと思う。それぐらいに、よく言えば若く、悪く言えば(?)子どもっぽい人。全然年下のあたしが言うのも何だけど、すごく可愛くて、この店のマスコット的存在。……なぁんて言ったら、やっぱり怒るんだろうなぁ。
「しおちゃんだ。久しぶりっ」
「どーもー。お久しぶりです、芽衣さん」
レジの所で何かの作業をしていた芽衣さんが声をかけてくれる。
それに頭を下げてから、カウンターに。
今日はそこまでお客さんは多くないみたいだった。
「わわっ、汐ちゃんです。可愛いですっ。ヒトデが如しですっ」
「えーと、ありがとうございます、風子さん」
片してきたのだろう、テーブル席側からやってきて、風子さん。
固まってる。またトリップしてるんだろうなぁ。
この人もお母さんとはまたちょっと違う面白さがある人だ。
ヒトデをこよなく愛する自称「さすらいのヒトデハンター」で、その彼女がヒトデを例えに使ったのなら、きっと最上級の意味で言ってくれたんだと思う。
……言われる側はちょっと複雑だったりするんだけど。
あとさ、どうでもいいけど、風子さん、全然さすらってないから。
まぁ、何となくかっこいいから言ってるだけってのはみんな分かってることなんだけどね。
「今日は何になさいますか?」
「えーと、カフェオレとイチゴのショート、お願いします」
「はい。かしこまりました。ちょっと待ってて下さいね」
「ありがとうございます、有紀寧さん」
穏やかな笑顔で聞いてくれる有紀寧さんに、あたしはいつも通りの注文。
ショートケーキ、特にここのそれがあたしは大好きなんだ。
愛には「ショートケーキなんて、汐は可愛いねー」なんてよく嫌味言われるんだけどさ。だっておいしいものはおいしいんだもん。
しばらくして、有紀寧さんが注文した二品をカウンター越しに渡してくれた。
「ゆっくりしていって下さいね」
「もちろん、言われなくても居座りますよ」
互いの気心はとうに知れている。
有紀寧さんは、接客のつもりとか、そういうもの無しにそんなことを言ってくれる人だから、あたしもそれにちょっと冗談を交えて応えた。
カフェオレを一口だけ飲んでから、ケーキをフォークで切って、口に運ぶ。
ああ、おいしい、幸せ。至福の時って、正にこういうのを言うんだと思う。
「ふふ、そう言えば汐さん、今年から中学生になったんですよね。制服、よくお似合いですよ」
「ありがとうございます。やっとランドセルから卒業できましたよ」
「えーっ。しおちゃんって、もうそんなになるんだっ」
レジでの作業が終わったのか、芽衣さんがやって来て隣の席に座る。
普通の喫茶店でこんなことをすればマイナスイメージになることは間違いないけれど、ここではちょっと違う。
と、言うのも、この素敵なお店はその客のほとんどが常連さんたちで、むしろそういう壁のない対応をこそ好んでこの店に来ているはずだから。
カウンターで隣同士になれば、店を出る時には友達になっているような、そんなあったかいお店。
そういうのが嫌いな人は二度は来ないし、気に入った人が、また新しい常連になる。
あたしは、そんなこの店が大好き。
「いつまでも子どもじゃありませんよ?」
「そっかぁ。そりゃわたしたちも年を取るわけだ」
「そうですね。本当に、時間が流れるのは早いです」
「そんな。芽衣さんも有紀寧さんもまだ全然若いですって」
お世辞とかじゃなくて、ホントにそう思う。
二人ともすごく美人で、街を歩けば男の人なんか放っておかないだろう。
「そう? まだまだわたしいけそう?」
「もちろん」
「じゃあ今度、岡崎さん、ちょっと誘ってみよっかな」
「それはダメです」
「えーなんでー」
「パパは、ママとそして主にあたしのですから」
「ふふ、朋也さんも幸せですね」
ふうわりと微笑む。
有紀寧さんのこの笑顔に、今までどれだけの人が癒されてきたのだろうか。
話を聞くに、パパもその内の一人らしい。
何でも、有紀寧さん、高校の時からここと同じようなことやってたんだって。学校で。
穏やかな常識人かと思えば、意外とそうでもない一面もあったり、この人もかなり奥が深い。
……どうでもいいことなんだけど、ここの三人の女性、みんな、パパが高校の時からの知り合いらしい。
杏せんせもそうらしいし、パパって実はプレイボーイだったのかな、なんて思う。
「はっ、風子ちょっとぼーっとしてました」
今まで話に加わって来なかった風子さんは、今になってようやく「帰って」きたみたい。
すぐにトリップする癖、だんだんひどくなってきてるような気がするんだけど、大丈夫なんだろうか。
まぁ、ここの店に来る人はみんな、そんな風子さんのことも分かってるし、たまにわざとヒトデの写真なんか持ってくるお客さんもいるぐらい。
確かに、見てる分には面白い。いたずらとかやりたい放題だし。
こんな感じで夕方まで『雪音』でまったりと過ごした今日は、あたし的に二重丸の日。
帰り際、お金を払おうとしたあたしに有紀寧さんが、首を横に振って、
「今日は入学のお祝いです」
「風子の奢りですっ」
だって。風子さんの奢りってのは絶対違うと思うけど。
悪いとは思ったけど、こんな時にその好意を断る方が、有紀寧さんを傷つけることだって知ってたから。
「ありがとうございます。あは、それならもっとたくさん頼むべきだったかな」
「残念。その時は店長が何と言おうと、わたしがお金貰ってたよ」
って、芽衣さん。冗談だとは思うけど、案外本気だったのかもしれない。
「やっぱり芽衣さんはしっかりしてるなぁ」
「店長がこんな感じだから、わたし結構苦労してるんだよ?」
「あはは、確かにそうみたいですね」
有紀寧さんって、確かにしょっちゅうこんなことしてそう。
優しいのはいいんだけど、店を経営する人としては不向きなんだろうな。
「芽衣さんにはいつも助けられてます」
「偉大なる風子の力も忘れてはいけませんっ」
「ふふ、そうですね。風子さんも、いつもありがとうございます」
話し出しちゃうとまた長くなりそうだから、有紀寧さんにもう一度しっかりとお礼を言って、店を出てきました。
家に帰ってそのことを話すと、パパが、
「いいなぁ。俺には奢ってくれたことないんだよ。芽衣ちゃんと風子がやけに厳しくて」
なんて言う。
「男の人は甘やかしちゃダメだって、杏せんせも言ってたよ」
「あいつを例に出すのはちょっと反則だろ。それにさ、甘やかすも何もあいつ、まだ彼氏もいないんじゃないのか」
あたしには恐ろしくて口にも出せないことを平然と言葉にするパパ。
少しだけ輝いて見える。
「それ、杏せんせに言っちゃうよ?」
「ごめんなさい勘弁してください」
輝きも一瞬のことだった。
まぁそんな風に態度を一変させるのは予想通りだったけど。
でも、ねぇ、パパ?
娘に平気で土下座するのは、どうなのかな?
―9―
今日の晩御飯は、スパゲッティーのミートソースだった。
パパがびっくりするぐらい粉チーズをかけて、ママに
「粉チーズを食べてるみたいです。それじゃあミートソースの味が分かりませんっ」
なんて怒られるのはいつものこと。
確かあっきーも粉チーズたくさんかけるんだよね。
遺伝……なはずはないんだけど、二人って本当によく似てる。
もしかしてあっきーって感染するの? うわ、こわっ!
食器の片付けはあたしの仕事。
パパも手伝おうとしてくれるんだけど、あたしもママもパパの仕事がすごくきついこと知ってるから、家でぐらいゆっくりしてて欲しいなぁって。
片付けを終えて部屋に戻ると、パパとママが並んでテレビを見ていた。
後ろからその様子を見てると分かるんだけど、ママ、少しずつパパの方に近づいてるの。ちょこちょこって。
娘のあたしが言うのも何だけど、可愛いなぁ、ママ。
ママと顔は似てるって結構言われるんだけど、そういう可愛らしさは娘には遺伝しなかったみたい。何だかなぁ。
ちょっと悔しかったから、パパの左隣、ママとは逆の方に歩いていって、べたっとパパにくっつくように座ってみた。ついでに、頭をパパの肩に預けてみたり。
「うおっ」
「わわっ」
驚いたみたいだけど、パパはやっぱり嬉しそうだった。
で、ママ。ママも驚いたような声をあげると、慌てて自分の頭もパパの肩にのせちゃった。
う〜ん、可愛い。
パパはもう驚くこともせずに、右腕をママの肩に回す。
何かむっとなって、あたしはパパの左腕を取って自分の肩に回した。
ちょっと驚いたみたいにパパがこっちを向いて、それからやっぱり嬉しそうに笑った。
腕に少しだけ力が入って、抱き寄せられる。
パパと、ママと、あたしと。
何かこういうのいいなぁって、そう思いました。
―10―
進む
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