最近、理樹と小毬が一緒にいるのをよく見るようになった。
二人の様子からして、彼氏彼女の関係には恐らくまだ至っていないのだろう。でも、互いに憎からず思っているのは間違いない。
理樹の幼馴染として嬉しくもある反面、鈴の兄として少し複雑なところがあるのもまた事実。
あいつになら、鈴を任せられると思っていたから。
ずっと、理樹と鈴が互いに支え合う関係になってくれることを願っていた。それは俺のひどく勝手な期待だったけれど。
理樹と小毬の関係が少し変化していることに、鈴も気づいているようだった。その変化がどんな意味を持っているのかも分かっていたのだろう。あいつなりの遠慮なのか、鈴は自分から理樹に話しかけることをあまりしなくなった。
この半年で鈴は大きく成長した。その結果が理樹から距離を取る鈴の姿なのだとしたら、それは、とても皮肉なことだと思う。
「うー」
「どうした、鈴。筋肉痛か?」
「……どうしてそこで筋肉痛なんて言葉が出てくるんだ、お前は」
「んだと謙吾この野郎、筋肉痛なめんなよ!」
「うっさいボケっ!!」
鈴の蹴りが真人を襲う。
むしゃくしゃしているのか、普段より幾分力が入っているようだ。
「がふっ……」
脇腹を蹴られた真人が少しわざとらしく声を漏らす。それぐらいの蹴り、本当は防御できないお前じゃないだろうに。真人、お前の優しさはいつも遠回し過ぎる。
鈴はよろめく真人に追撃を加えようとする。
が、その肩を謙吾に掴まれた。
「落ちつくんだ、鈴。そこの馬鹿に当たっても何の解決にもならん」
「うー」
八つ当たりだという自覚があったのか、鈴は素直に攻撃をやめる。
ここのところ鈴が不安定な理由なんて、真人も謙吾ももちろん分かっているだろう。その上で、鈴のフラストレーションが溜まり過ぎないよう気を使ってくれている。
本当に感謝するよ、真人、謙吾。
「……くちゃくちゃだっ! 何かよくわからんがくちゃくちゃだっ!」
叫ぶように言って、またうーうーと唸り出す鈴。うろうろとその辺を歩きまわる。
そんな鈴の様子を見て、謙吾は小さくため息をついてから俺に視線をやった。どうするつもりだ。声に出さず、謙吾は口の動きでそう伝える。
どうすればいいのか。どうするのが正しいのか。鈴の兄貴として。理樹の幼馴染として。小毬の友人として。
よく分からなかった。このまま何もせずに見守るのが一番いいようにも思えるし、それが最も悪い手のようにも思えた。
俺は真人の方を見る。真人は何か言いたそうでも、それどころか、何かを考えているようにさえ見えなかった。あくまでもいつも通りの真人がそこにいた。それは無言の信頼だった。理樹に対する、鈴に対する、俺に対する、絶対的な信頼だった。
そうだ、俺は棗恭介。
リトルバスターズのリーダーで。
そして。
鈴の、たった一人の兄貴なんだから。
「任せとけ」
真人と謙吾に聞こえるよう、自分に言い聞かせるよう、小さく、言った。
「よお、鈴」
今までなら理樹か小毬と一緒に過ごすはずの放課後を、一人、猫たちと遊ぶ鈴。
猫に囲まれてなお少し寂しげに座りこむその姿に、俺は声をかけた。
「きょーすけか」
「おう」
「何だ、何か用か?」
「用って程でもないが……鈴、お前、最近ちょっと荒れてるみたいじゃないか」
どういう手段を取るべきか考えて、考えて、考えて、結局真正面から当たっていくことにした。
俺にも鈴にも、それが似合っているような気がしたのだ。
「何か悩みでもあるなら、聞いてやるぞ」
「うっさい、馬鹿兄貴には関係ないだろっ」
「関係ないわけあるか。お前は俺の妹で、俺はお前の兄貴だ。馬鹿だとしてもな」
「うー」
言い返したいけれど言い返せない、といったところか。身体を小さくして、少し拗ねるように鈴は唸る。
確かに俺はいい兄貴ではないのだろう。でも、それでも、俺は鈴の兄貴だった。馬鹿であろうと何であろうと、鈴は俺を兄貴と呼んでくれるのだった。
だから、俺はこいつの力になってやらなければいけなかった。
力に、なってやりたかった。
「……理樹と小毬のことか?」
恐らく自分から言い出せはしないだろう。そう踏んで、俺から切り出す。
鈴は一瞬驚いたように目を見開いて、それから、小さく、こくりと頷いた。
「……この辺が、きゅーってなるんだ」
胸の辺りを押さえて、鈴が言う。
「理樹とこまりちゃんが仲良くしてるのを見ると、きゅーってなって、二人を見たくなくなって、何か知らんがイライラして、わけわからんくなって、もう全部くっちゃくっちゃなんだ」
不器用な言葉に、鈴の気持ちが確かに表れていた。
ああ、そうか。
――お前は、そんなに理樹のことが好きだったんだな。
「鈴」
「何だ」
「お前、理樹のこと好きか?」
「いきなりでよくわからんが、嫌いではないぞ。少なくとも、馬鹿兄貴よりはずっとマシだ」
微妙に傷つく俺。
でも、もちろん、ここでやめるわけにはいかなかった。
「理樹を小毬に取られて寂しいのか?」
「違うっ!」
鈴が立ちあがって言う。
急に動いた鈴に、猫たちは慌てて鈴から距離を取る。
「あ、あたしはそんなに子供じゃない。理樹を取られたからって、そんな……違う……はずだ……」
多分、今、鈴の中では、おもちゃを取り上げられて泣きわめく子供の姿が浮かんでいるのだろう。そんな子供に自分を重ねてしまって、それを否定しようとしているのだろう。
つまるところ鈴は、恋愛対象として理樹を捉え切れていないのだ。なまじ小さな頃からずっと一緒にいる仲間だから、それは仕方のないことなのかもしれない。
でも、客観的に考えられる、理樹と小毬の関係は推測できてしまう。二人の仲が男女のそれに近づいていると理解できてしまう。
だから、自分の気持ちが分からなくなる。今の鈴が抱いている感情は、誰から見ても嫉妬と呼ばれるものなのだけれど、鈴自身はそれに気づくことができない。
だとすれば。
「鈴、お前は、多分、理樹が好きなんだ」
「何言ってんだ。だから、それはさっきも……」
「違う、違うんだ、鈴」
自分の気持ちをしっかりと自覚させてやること。
それが、俺がお前にしてやれることだろう?
「小毬が理樹を好きなのと同じように、鈴、お前も、理樹が好きなんだ」
それをはっきりとさせてしまうのは、兄貴として、少し寂しい気もするけれど。
「……っ!」
目を大きく見開いて。
頬を赤く染めて、それから、俯いて。
鈴を心配しているかのように、猫が集まり、足元に寄り添う。
しばらくの後。
おずおずと、鈴は口を開く。
「そ、そうなのか? あ、あたしは、理樹のことが……す、好き、なのか?」
「お前のことだろう? 鈴、それに答えを出すのは、俺じゃない。お前自身だ」
その反応を見れば一目瞭然なのだが、一番大切なところは鈴自身が自覚しなければいけないはずだ。
「で、でも、理樹にはこまりちゃんが……」
「それは今関係のないことだ。理樹と小毬が付き合っていようと、理樹と真人が付き合っていようと、お前の気持ちをお前が理解するのに、そんなのは全然関係のないことだ」
「……真人とか、そんなきしょいこと言うな」
「……そうだな。俺が悪かった」
すまん真人。悪気はなかった。何ていうか、ノリで。
「それで、鈴。お前は、理樹のことが好きか?」
「……よくわからんが、理樹がいなくなるのは嫌だ」
「このままいけば、理樹は小毬と付き合うだろう。そうすれば今までみたいにお前のそばにはいられなくなる」
「うー」
好き、という言葉が鈴の口からはっきり出て来なかったことを少し残念に思うのと同時に、どこかほっとする自分も確かにいた。
恐らく、口にはしないだけで、鈴は自分の気持ちを自覚したのだろう。
顔を赤く火照らせて、やはり拗ねるように言った。
「こまりちゃんのことは好きだ。でも、理樹を取られるのは嫌だ。……どうすればいいんだ」
それに対する俺なりの答えは既にあった。
理樹と小毬の様子に気づいたその時、すぐに思い浮かんで、必死に消そうとした考えだった。それは、あまりにも勝手なものだったから。
うーうーと唸る鈴。
自覚してしまったからだろう、これまで以上の苦悩が、容易に見て取れた。
許されるのだろうか、と俺は思う。今から俺が言おうとしていることは、上手くいくはずの理樹と小毬の仲を邪魔することに他ならない。
そんなことが、許されるのだろうか。
「おい、そっちから言ってきたんだろ、何とか言え、馬鹿兄貴」
でも。
そう、俺は馬鹿兄貴だから。
「簡単だ」
理樹の幼馴染で、小毬の友人で、リトルバスターズのリーダーで。
だけど、それよりもっと前に。
――鈴の、兄貴なんだから。
「戦って来い、小毬と」
「た、戦うのか?」
「そうだ。理樹をかけた真剣勝負だ。言っておくが、殴ったり蹴ったりじゃないぞ。そんなのは真人や謙吾にやらせておけばいいさ」
「じゃ、じゃあどうやって戦うんだ」
「鈴と小毬、どっちがより理樹に好かれるか。女同士の一騎打ちだ」
「り、理樹に……」
真っ赤になる鈴。
それをとても可愛く思う。少しだけ、理樹が羨ましいとも。
「行って来い、鈴。まずは小毬に宣戦布告だ」
「こまりちゃんに?」
「運動会だってそうだろう? 正々堂々戦うことを誓いますって。ほら、急げ。今こうしている間にも、理樹は小毬のものになっていくんだぞ」
「そ、それは嫌だ……」
理樹も小毬も大切な仲間だけど。
すまんな、二人とも。
俺にとっては、鈴の幸せが、やっぱり何よりも一番大事みたいなんだ。
「じゃあ、行って来い」
「う、うっさい、この馬鹿兄貴」
そう言い残して、鈴はこの場を立ち去る。
猫たちと一緒にその後ろ姿を見送りながら、俺は小さく小さく呟く。
さあ。
戦って来い。
――俺の自慢の、馬鹿妹。
第1回リトバス草SS大会 お題「戦い・バトル」参加作。
可愛い鈴を書きたかった。
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