「理樹、俺は悟った」
ある日、恭介が突然悟りを開いた。
「男には夢が必要だ。夢は男を大きくする。なぁ理樹、そうだろ?」
爽やかに恭介は言った。
恭介が無駄に爽やかを見せるそのほとんどの場合、最終的には理樹が何らかの形で苦労を被ることになる。みんな知っていることだった。でも止めようとする者はあまりいなかった。リトルバスターズのチームワークはいつだって抜群だった。
そんなことしなくても恭介は十分に大きな男だよ。
理樹は恭介にそう言ってやりたかった。だけどもちろんそれは叶わなかった。恭介は他人の話を待つのがあまり得意ではない。
「だから俺は大きな夢を持つことにした。聞いてくれるか、理樹」
「う、うん」
「オランダにマイホームを持つ。どうだ、すごいだろ?」
「す、すごいとは思うけど、でも、どうして?」
何となく答えは分かっていたけれど、聞かないわけにもいかなかった。
「決まってるじゃないか」
弾けんばかりの笑顔を見せて、恭介は言った。
「結婚しよう、理樹」
「死ね、この変態兄貴ーーーーーーーーーっ!!!!!」
鈴は実の兄を実に激しく蹴った。蹴った。蹴った。蹴った。蹴った。
恭介は鈍い音と共に宙を舞った。舞った。舞った。舞った。舞った。落ちた。
理樹はため息をついた。
最近、恭介がおかしい。
変態恭介
もやはツッコミの域を超えた殺人的なまでの蹴りから数秒も経たず復活を果たした恭介は、懲りることなく理樹に詰め寄ろうとする。
鈴はそんな恭介を「ふかーーーーっ!!」と威嚇する。数多の困難を乗り越えて手に入れた恋人を、日常を、変態なんかに壊されるわけにはいかない。
理樹は親友である真人と謙吾に助けてとアイコンタクトを送る。無駄だと知っている。しかし他にやりようがない。
真人と謙吾は「さいきょうをしょうめいしてやる」とか言いながら殴り合いのようなことを始める。互いに理樹から目を逸らそうとあからさまに明後日の方向を見ている。それでは殴り合いにならない。傍から見て彼らが何をやっているのか分かる人間はきっといない。
残るリトルバスターズの面子は少し離れたところでひそひそと話をしている。
中心には美魚。頬をほんのりと赤く染めながら、「禁断の愛」やら「魔のトライアングル」やら「ヘタレ受け」やら物騒な単語を並べている。
小毬とクドは真っ赤な顔に両手を当てながら「ほえほえ〜〜」「わ、わふ〜〜」と意味の無い言葉ばかり口に出している。手で視界を遮っているようで、その実、両人とも指の隙間はばっちり開いている。
満面の笑みを浮かべて「うむうむ。眼福眼福」と呟く来ヶ谷の隣には、いつもと変わらない様子で「理樹くんファイトー」と声援を送る葉留佳。普段通りと見せかけて、来ヶ谷の目はこれでもかっと見開かれているし、葉留佳の心中では恭介応援隊が今日もフル稼働している。
リトルバスターズの中心は恭介だった。
彼は誰もが認めるリーダーだった。
だから、恭介の崩壊がチーム全体の崩壊に繋がるのは、極自然な流れだったのだ。
兆候はあったのかもしれない。昔を振り返って、理樹はそんなことを思う。
ただ、それに気づいたのは一人だけだった。
西園美魚。
そして彼女が気づいてしまったがために、事態はまこと恐ろし気なる様相を呈してしまったのだった。
「恭介さん、ちょっとこの本を読んでもらえませんか」
よく晴れた日のことだった。美魚は恭介に一冊の本を差し出した。
「ああ」
恭介は特に考えることなく受け取った。カバーが掛けられていてどんな本かは分からなかった。
「漫画か?」
「漫画です」
「燃えるか?」
「萌えます」
ばっちりと噛み合った会話に美魚は勝利を確信する。
「オーケー。早速今日帰ったら読んでみよう」
「はい。きっと恭介さんも気に入ってくださると思います」
そして恭介は変態になった。
「理樹、聞いてくれ」
「な、なに」
プロポーズの翌日。恭介はまた理樹のもとを訪れていた。
「すまん、俺が間違っていた」
「え?」
嬉しそうな顔を見せる理樹。ああ、ようやく恭介の目が覚め――
「……マイホームだなんて、俺は何て小さい男だったんだ。違う、違うよな、そんな誰でも叶えられるような常識的な夢、お前は望んでなんかいない。そうだろ? ああ、分かってる。分かってるさ、理樹。だから改めて聞いてくれ。新たな俺の夢を。理樹、俺はお前の子を産む。二人の愛の結晶を、形として、残したいんだ」
――るわけはなかった。
「できるかボケーーーーーーっ!!」
鈴がどこからともなく飛んで来て、そのままの勢いで恭介に蹴りを食らわす。
恭介は頭から壁に突っ込む。比喩でも何でもなく壁に頭が突っ込む。宙に浮いた形の首から下がぷらぷらと揺れる。ぷらぷら。
「恭介氏なら本当にやってしまいそうな気もするがな」
いつの間にか現れた来ヶ谷が、冷静にコメントする。
何といっても、理樹(+鈴)への愛で仮初とはいえ一つの世界を作り上げてしまった恭介である。男の体でもって身ごもるぐらいのことは平気でやってのけるかもしれない。
「う」
と、鈴は少しうろたえてしまう。来ヶ谷の言葉を彼女はきっぱりと否定はできなかった。
奴はただの変態ではない。
奇跡を起こす変態だ。
鈴の脳裏に思い浮かぶのは、恭介VS真人謙吾連合軍の勝負だった。
真人や謙吾だって、最初から理樹を見捨てていたわけではない。彼らは理樹の親友だ。恭介が変態になった当初、彼らは理樹を守り、そして恭介の目を覚まそうと奮闘していたのだ。
しかし、時が経つにつれ、恭介の症状は治るどころかむしろ加速度的に悪化していった。事態を重く見た真人、謙吾は決意する。
すなわち、野球による勝負。変態になっても恭介は恭介だった。勝負を挑まれたからには逃げることなど考えようはずもない。
話し合いのもとに決定したルールは、誰から見ても連合軍側に有利なものだった。サドンデス形式の一打席ホームラン勝負。ピッチャーは常に連合軍側。連合軍のピッチャー、バッターの交代は自由。恭介には厳しいボールを、味方には甘いボールを投げればいいし、疲れてくれば交替だってできる。
彼らは、勝利を半ば以上確信していた。
つまるところ彼らは、恭介の変態さ加減を未だ理解し切れていなかったのだ。
プレイボール。バッター恭介。ピッチャー謙吾。第一球は打ち気を逆手に取った外角高過ぎクソボール。
恭介のバットが動き出す。謙吾は内心ニヤリと笑う。届くわけがない。これで1ストライク――
瞬間、恭介が飛ぶ。空中でバットが振られる。カキン、という心地よい音。
まさか。謙吾はボールの行方を追う。フェンスを高々と越え、青空に消えていく白球。
馬鹿な。そんなことは物理的に有りえない。恭介の両足は確かに宙に浮いていた。足が地に付いていない恭介(二つの意味で)にあんなバッティングができるわけがない。だとすればこれは
「ちゃ、茶番d」
「これが愛の力だっ!!!!!!」
謙吾の怒声は更にどでかい恭介の声によってかき消された。
決め台詞を発する機会を奪われ、謙吾はがっくりとうなだれる。
その後も変態の力は絶大だった。本気で顔面を狙った真人のボールを避けながら打ち、ワンバウンドのボールをあっさりと打ち、背中の後ろ側に行ったボールを打ち、半ばやけくそ気味にころころと地面に転がしたボールを400ヤードぐらい飛ばした。
そんな変態に勝てるはずもなく、真人謙吾の連合軍は惨敗を喫する。以後、恭介の邪魔はしないと誓わされた。
変態相手とはいえ約束は約束、今に至るまで、真人と謙吾は恭介の邪魔をできないでいる。
鈴はあの時の恭介を思い出す。
確かにこいつなら理樹の子どもの一人二人簡単に産んでしまうかもしれない。何かよくわからん愛の力とやらで。
でも、譲れない。譲るわけにはいかない。
だって。
「理樹はあたしんだっ!」
恭介がいかに理樹を愛していようと、これだけは揺るがない事実。
理樹は言ってくれたのだ。
そばにいてくれるって。
鈴を守って生きるって。
一緒に生きようって。
絶対にいなくならないって。
「ふ」
そんな鈴に、恭介は不敵な笑みで答えた。
「ふふ、ふふふ――そう、あれは5月22日火曜日のこと」
理樹はとても嫌な予感を覚えた。
「お前たち女子連中は理樹を部屋に誘おうとした」
理樹は頭を抱えた。
「しかし、理樹はそっちには向かわなかった。覚えているか?」
「そう言われれば、そんなこともあったような気がするな」
鈴はおぼろげな記憶を手繰る。
ニヤリ、と恭介が笑みを浮かべる。
「その時、理樹は何て言ったと思う? 思えばあれこそが、全ての始まりだったのかもしれない」
「り、理樹、お前、何を言ったんだっ」
理樹は過去に戻って自分をぶん殴ってやりたくなる。
「俺のことが好きだと。まじだと。顔を赤く染めながら、理樹はそう言ってくれたんだ」
ぽっと頬を赤く染めて、大切な思い出を語る恭介。
「う、嘘だよな、理樹っ!」
「嘘じゃないさ。真人や謙吾だって聞いていた」
真人、謙吾、超明後日の方向見る。
理樹、どこで自分たちは道を誤ってしまったのだろうと途方に暮れる。
鈴、そんな三人の様子に恭介の言葉が事実だと知る。
「り、理樹なんて嫌いだーーーーーーーーーっ!!!!!」
走り出す鈴。引きとめようとする理樹を更に引き止める恭介。
やっと二人きりになれたな。恭介は耳元で囁く。
どこをどう見ても二人きりじゃない。理樹は思う。
残った女子連中、キャーキャー騒ぎ出す。
「どうして、こんなことに……」
瞬間、襲い来るナルコレプシー。
もういい、もう眠ってしまおう。
理樹はゆっくりと意識を手放した。
……いいよな……これで?
いい
⇒ よくない
……何が不服だ
全部。
もろもろ全部。
……無理だ
……逃がさない
可能性はある。
僕が、あの日をやり直せばいい。
……無理だ
無理じゃない。僕は強くなる。
……そうか……
……ならば、あがいてみろ……
大丈夫だよ。
世界は、僕が切り開く。
待ってて、鈴――
僕は……どこまでいこう?
僕自身のことだ。どこまでだって遡れる。
そう、あの日まで――
5月22日 (Tue)
「とにかく来て〜」
「え? ちょ……」
「まあ、よくわからんが行ってこいよ」
「えー、僕ひとり?」
「たまにはいいだろ、俺たちと遊ぶより楽しいかもしれないぜ?」
恭介たちと遊ぶ
恭介だけと遊ぶ
⇒ Let's play the 恭介(恭介を奏でる)
「え、ええええええええええええええええええええええ」
理樹の悲鳴。
「はれほれうまうー」
奏でられた恭介。
……だから言っただろう? 無理だって……
恭介 mad end
第0回リトバス草SS大会 お題「夢」参加作。
これ書いた人間は一度病院行った方がいいと思います。
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