「おいきょーすけ、明日時間あるか」
久し振りに聞く鈴の声は、相変わらずそっけないものだった。
「なあ鈴、せめて『久し振りだな』とか『元気か』とか『おにいちゃん大好きかっこはぁと』とかそういうのから始めようぜ? せっかく妹から電話が来たってのに、いきなりそれじゃおにいちゃんちょっと悲しいぞ」
「きしょっ! 人の声真似して変なこと言うなっ! てゆーかおにいちゃんってきしょっ! てゆーかきょーすけってきしょっ!」
「そこまで言うか……」
実の妹からの全く愛の無い言葉にかなりのダメージをもらう俺。久し振りの電話だってのに。
正直凹む。
「……ごめんな、鈴。きしょい兄貴でごめんな。こんなダメダメな俺は穴を掘って埋まっておきます……」
「あー、まぁ、なんだ。きょーすけは確かにきしょいが、そういうとこも含めてきょーすけだと思わんでもないから、ほら、元気だせ、な?」
妹に慰められる。しかも全然フォローになってないどころかむしろ追い打ち気味だった。
涙はこぼさない。上を向く。
「はぁ」
鈴が溜息をつく。
「どーもきょーすけと話してると話が脱線するな」
電話越し、呆れたような口調だった。その表情、ちょっとした仕草までまだはっきりと思い起こせるのが、少し、嬉しい。
「で、どーなんだ。明日時間あるのか? ないのか?」
「ないことはないが」
休み前ということで、同期の馬鹿たちと飲みに行く予定だった。
「あるのかないのかはっきりしろ」
でも、まぁ、なんだ。
「ある」
心の中で、会社の仲間たちに謝って。
「じゃあ明日、夜8時にきょーすけのとこの駅な」
「分かった」
やっぱり、俺にとっては鈴の方が大事ってことで。
「うー、なんでこんなに寒いんだ。くちゃくちゃだ。異常気象だ」
「お前、だいたい毎年同じこと言ってるからな」
こうやって会うのはだいたい半年ぶりぐらいだろうか。だっていうのに、やっぱり鈴の第一声は感傷なんてものから遠くかけ離れた言葉だった。
「久し振りだな、鈴。元気だったか?」
「久し振り? そうか? この前会っただろ」
「その時はお前、『なんでこんなに暑いんだ。くちゃくちゃだ。異常気象だ』って言ってたからな」
「だから声真似すなっ!」
ふかーっと身を震わす鈴。
その頭に、ぽん、と手を置いた。
「半年振りなんだ。挨拶の一言ぐらいあったっていいだろう?」
「う……」
身体を小さくして、鈴。
「まぁ、なんだ、その、元気だったか、きょーすけ」
「おう。バリバリだぜ」
「そっか。うん、ならよかった」
そう言って小さく笑う鈴の姿に耐え切れず、俺は目の前の頭をくしゃくしゃと撫で回してやった。
「ちょっと、おい、やめろ、こら」
文句を聞かず、しばらく鈴の頭の上から手を離さなかった。
温かいところに入りたいという鈴の要望に、言うまでもなく非はなかった。
「鈴、酒は?」
「もちろん飲むぞ」
「なんだ、最初からそれが目当てか」
「あたしだって少しは強くなってるんだからな。ぎゃふんと言わせてやる」
「はっ、そいつは楽しみだ」
クリスマスが近いせいだろう、いつになく色鮮やかな街を鈴と二人。
鈴は真赤な毛糸の手袋に、同じ色のマフラーと耳あてをしている。はーっと両の手袋の上からはく息は白い。寒い寒いと何度も小さく呟く。
交差点横、大きなビルの敷地にはやはり大きなツリーが飾り付けられている。信号待ちのほとんどの視線がそこに集まる。ああ、あれは何年前のことになるのか。リトルバスターズの面々で、校庭に大きなクリスマスツリーを立てたのだった。誰がやり出したか、願い事を書いた紙を吊り下げて、これじゃ七夕だとみんなで笑った。
あの時俺は何を願ったんだっけ。ふと考える。思い出そうとして、でも、無理に思い出すものでもないと頭を振る。
駅から五分も歩いたところで、目的の店に辿り着いた。
「ここでいいか?」
「何かあんまり安くなさそうな店だが、だいじょぶなのか?」
歩道からワンフロア分潜ったところにあるそれは、俺のちょっとしたお気に入りの場所だった。バーと居酒屋の中間のような、一人で静かにちびちびと酒を楽しみたい時によく来る店。
「大丈夫。お前が考えてる程高いわけじゃない」
「ならいいが……」
気おくれを隠そうとしないまま、俺に続いて扉をくぐる鈴。こら、理樹。俺は心の中で理樹を叱る。お前、ちゃんとお洒落な店とか連れてってやってるのか?
普段通り俺はカウンターに陣取り、鈴も隣に座らせる。
「ふー、ようやく落ち着いたな」
俺の言葉に反応もせず、鈴はきょろきょろと周囲を見回す。
「ほら、鈴。まず何を飲む?」
「しょーちゅー」
思わず吹きそうなる俺。
「なんだ、どうかしたか?」
「いや、別にいいんだが」
いつの間に焼酎なんて飲めるようになったんだ。しょっぱなから焼酎かよ。言いたいことを飲み込んで、鈴にメニューを見せてやる。
「うーん、いつも家で飲んでるやつはこれなんだが、あとはどれが美味いんだ?」
「好みの問題だからな。まぁ、どれを選んでも、そうまずいものは出ないさ」
「じゃあ、これだ。くろ、きり、しま? お湯で」
「了解」
もう馴染みとなったマスターに注文をする。生意気にも小指を立ててきたので、それをへし折ってやった。
鈴は今のやり取りがイマイチ分からなかったのだろう。不思議そうな顔をしながら、手袋、マフラー、耳あてをようやく外す。
「んで」
と、俺は鈴に言った。
「今日はいきなりどうしたんだ?」
「ん、まぁな」
言葉を濁す鈴。
「久し振りに愛しのおにいちゃんに会いたくなったか?」
「きしょっ!」
話したいことがあればその内自分から言い出すだろう、と俺はそれ以上追及しようとしなかった。
近況報告のような、ただの雑談のような会話を楽しみながら、俺のグラスは四杯目に差し掛かっていた。意外だったのは、すぐに潰れると思っていた鈴が俺と然程変わらないペースで杯を重ねていたこと。
「お前、ホントに強くなったんだな」
「ぎゃふんと言ったか?」
「まさか」
くく、と笑ってグラスを空にしてみせる。
「あたしに対するちょーせんと見た」
言って、鈴もグラスを傾けていく。
「ぷはっ、ちょ、ちょっと多かった」
ふぅふぅと何度か息をつく鈴の様子に、俺はまたくくと笑う。
「む、なんだか馬鹿にされた気がする」
「気のせいだ」
「むぅ」
妹とこうやって酒を飲むという光景を、果たしてかつての自分は想像したことがあっただろうか。あの繰り返す世界の中で、鈴の成長を望んだのは確かなことだった。でもその未来に俺はいなかった。鈴と理樹の未来をただ一つの希望に、死に損ないの命を使い切るつもりだった。
ああ、思えば俺はなんて幸せな光景の中にいるのだろう。何だかとても嬉しくなってきてしまった。
ちくしょう、楽しいぜっ。
「なんだ、きょーすけ。いきなりニヤニヤして。きしょいぞ」
「ほらほらほら、今日はどんどん飲むぞ、鈴っ!」
「はぁ? いきなりわけわからんが、まぁ、付き合ってやらんでもない」
そんな鈴にまた嬉しくなる。次のグラスが届くなり、だから、俺は言った。
「乾杯だ、鈴っ」
「今度は何にだ」
「二人の間の変わらぬ愛情に」
「きしょっ!」
返ってきた言葉はあまりにも予想通りだったけれど。
「なぁ。きょーすけ」
「なんだ?」
テンションの上がった俺に引っ張られるように、鈴も酒を飲み続けていた。もう二人で何杯飲んだか数えるのも面倒になっていた。手を伸ばせば伝票には届くけれど、それをやるのはあまりにも億劫だった。会計がどれぐらいになるのか考えたくもなかった。
飲むに従って、話すことはいくらでも出てきた。鈴がずっと小さかった頃のこと。五人の幼馴染時代。リトルバスターズとしての数々の無茶。
ただ、いつの頃からか、鈴の口数が明らかに減っていくことに気づく。眠くなってきたあるいは気持ち悪くなってきたのか、と思ってはみても、鈴の酒のペースは特に変わったようには思えなかった。
そうやって出来た何度めかのしじま。
その中で。
鈴は、言った。
「結婚する」
ケッコンスル。
けっこんする。
けっこん。
結婚。
「……え?」
意味もなく聞き返してしまう。
「結婚する」
鈴は馬鹿正直に同じことをもう一度言う。
いつか来ることだとは分かっていた。それがそう遠くない日のことであろうとも。
ただ、それが正に今日訪れるなんて、そんなこと、全く考えていなかった。思えば鈴の様子は電話の時からして少しおかしかったし、今日だってそうだった。どうしてそれに考えが及ばなかったのか、今となれば自分でも疑問だった。
「……そうか」
「うん」
上目遣いに、身体を小さくして頷く鈴。
その様子を見て、ようやく自分がまず最初に鈴にやるべき言葉を、未だ与えてやっていなかったことに気づく。
「鈴」
「なんだ」
「おめでとうっ!」
鈴の顔がようやく上がって、正面から視線が交わった。
ふにゃ、と鈴の顔が緩んで、だから目元も一緒に緩む。
「良かったな、鈴! この野郎っ!」
隣に座った鈴の頭を抱えてやる。その頭をくしゃくしゃと撫でて回してやる。
涙なんて、見せるんじゃねーよ。
俺まで泣いちまうじゃねーか、バカ。
「このやろっ、このやろっ」
「ば、やめ、おい……」
ひとしきり弄り回してから、鈴を離してやる。
「親父たちには?」
「まだ。来週、理樹が家に来る。それで、とーさんとかーさんに、言う」
「そうか」
「……きょーすけには」
「ん?」
「きょーすけには――」
鈴は一度ぐっと顔に力を入れて。
「――兄貴には、一番に言っときたかったから」
このやろう。
「今まで散々世話になってきたから」
そんなこと言われたら。
「ありがとう、って一番に言っておきたかった」
耐えられない、じゃねーか。
「ありがとう、兄貴」
理樹に連絡するの忘れてた、と突然鳴り出した携帯を片手に店の外へと出て行った鈴。それを見送ってから。
俺は立ち上がった。
「ああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー」
声を張り上げる。
店の奥の方にいた客が何事かとこちらを振り向くが、知ったことか。
話が聞こえていたのか、マスターと、すぐそばの客たちは笑顔を浮かべている。
「よっしゃあああああああこらああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー」
意味もない言葉を、ただ叫ぶ。
どうしようもなく、嬉しくて。
嬉しくて。
だけどちょっと、寂しくて。
寂しくて。
行き場の無い感情を叫び声にして。
そうして、ああ、俺は思い出していた。
『鈴が幸せになりますように』
そんないつかの、願い事を。
「うっさいんじゃ馬鹿兄貴ーーーーーっ!」
戻ってきた鈴に、ごん、と殴られた。
だから、ちょっとだけ涙がこぼれたのは、しょうがないことだった。
第23回リトバス草SS大会 お題「夜」参加作。
気がついたら前回参加した時から14回ぐらい経ってた。不思議!
鈴に、「恭介」でも「馬鹿兄貴」でもない「兄貴」と呼ばせたかった。
本編で(恐らく)恭介に一度もきちんと伝えていない「ありがとう」という言葉を伝えさせたかった。
過去に書いた『琥珀色の幸せ』に似てしまったのはまぁ仕方ないことではなかろうか。なかろうか。
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